予防接種事業はユニセフの活動の中で、最も成果をあげてきた活動のひとつ。予防接種は、感染症などで命を落とす子どもの数を確実に減らせる可能性を持っています。
2021年、ユニセフは世界109カ国に23億回分のワクチンを提供しました。世界の5歳未満児の46%にのぼる子どもたちにワクチンを届けたことになります。
これまで多くの子どもが命を落とす原因となったポリオや結核、ジフテリア、破傷風、百日咳、髄膜炎の予防接種率は、1980年の30%以下という数字から、2019年には85%を超えるまで伸びました。さらに多くの子どもたちが予防接種を受けられるよう、今日も世界各地にワクチンが届けられています。
予防接種率85%という数字で見る限り、40年前と比べれば大きな前進と言えます。けれども、2008年に80%を超えてから今日に至る14年間は、思うような進歩は遂げられていません。
ワクチン供給の輪を広げるため、自動車では輸送できない地域への搬送にドローンが用いられたり、低温管理が必要なワクチンを電気のない地域へ運んで予防接種を可能にするため、太陽光発電によるソーラー式冷蔵庫を活用したりするなど、様々な技術が取り入れられています。しかし、こうした取り組みが進む一方で、紛争や災害下、僻地に暮らす子どもたちや、予防が可能な病気で命を落とす年間150万人 の子どもたちへ、いかにしてワクチンを届けるかが、今、大きな課題となっています。
北部に世界最高峰のエベレストがそびえ、丘陵・山岳地帯が国土の80%以上を占めるネパールには、トラックもドローンもまだアクセスできない、ワクチン輸送が困難な地域がいまだ多く存在します。ネパールの最も西に位置するスドゥパシュチム州はそうした地域のひとつです。5歳未満児の死亡率が国内平均の2.8%と比べ3.9%と高く、医療・保健サービスが十分ではありません。こうした地域に暮らす子どもたちの命を守るため、スドゥパシュチム州ドーティ郡では、地元の看護師や地域保健員によってワクチンが人力で運ばれ、予防接種が続けられています。
ドーティ郡で看護師として働くバサンタさんは、この地域に予防接種を広める活動をしています。ワクチンを詰めたクーラーボックスを背負い、片道3時間はかかる丘陵地帯の村に届ける仕事を27年もの間続けています。「予防接種が始まってから、乳幼児死亡率は大幅に下がりました」とこれまでの軌跡を振り返ります。
予防接種への理解を広めるため、バサンタさんはドーティ郡の5つの保健センターで、母親対象の啓発集会を毎月開いたり、家庭訪問したりして、予防接種の時期や重要性を〈伝える〉ことを続けてきました。乳幼児死亡率の改善は、たんにワクチンを届けるだけではなく、予防接種への理解や保健サービスへの信頼が長い時間をかけて地域で育まれることで実現されてきたのです。
バサンタさんのような看護師や地域保健員によるこうした活動はネパール全土に根付いており、母乳育児の大切さや、妊娠中の定期健診、バランスの良い食事の重要性や生理にかかわる事柄など、子どもたちを健康に育てていくための幅広い知識が各地で伝えられています。
2014年から2019年までユニセフ・ネパール事務所の代表を務めた穂積智夫氏は「ネパールで予防接種やビタミンAの投与などの保健サービスが広がった背景には、地域保健員の存在が大きかった」と述べています。
予防接種事業は、その必要性を住民に理解してもらえるよう努めたり、予防接種が有効に実施されるための環境づくりをしたりなど、地道で時間のかかる仕事です。ユニセフは〈誰ひとり取り残さない〉予防接種の実現に向け、それぞれの地域で活動する人々と協力して、子どもたちの命を守る取り組みを進めていきます。
ネパール西部、ダンデルドゥラ郡の保健センターで働く地域保健員のダンソリさんは、ある日、思春期の女性を対象とした鉄分と葉酸の摂取を広めるためのプログラムの参加者名簿から、コキラさん(16)の名前が消えていることに気づきました。家計を支えるため学校を退学したコキラさんは、学校の協力で作成された名簿から外されてしまっていたのです。ダンソリさんはコキラさんの家に通い、鉄分などのサプリメントを摂ることや学校に通うことの大切さを本人と家族に1カ月にわたって伝え続けました。そうしたダンソリさんの熱意と努力が実り、コキラさんは学校に復学。プログラムにも戻ることができました。今では若い女性に栄養や生理にかかわる正しい知識を伝えるため、ダンソリさんの助手として活動しています。
※地図は参考のために記載したもので、国境の法的地位について何らかの立場を示すものではありません