vol.276 2023 winter
シリアの都市アレッポの路上に立つサジャさん(2016年)
© UNICEF/UN055883

特集

その声に耳を澄ます

世界の子どもと出会う

今号の特集は、「世界の子どもと出会う」をテーマにお届けします。

出会いにはさまざまな形がありますが、
向かい合い〈心の声を聴くこと〉はそのひとつのあり方と言えるかもしれません。

今回はシリアの女の子サジャさんとの出会いを通じて、

日本の私たちにも、世界の子どもたちにもある、
〈おなじ〉大切なこと、共通する思いを感じてみましょう。

世界の子どもと出会う

世界には、日本の私たちとは〈ちがう〉環境で生きている子どもたちがいます。そのなかには、家族のための水くみだけで一日が終わってしまう子どもや、武装グループに誘拐され兵士にさせられる子ども、食べるものがなくて栄養不良になってしまう子ども、18歳にならないうちに無理やり結婚させられる子どももいます。ただ、こうした情報に触れても、自分たちとはあまりにも〈ちがう〉現実のため、私たちはいまひとつ実感が湧かず、海の向こうの遠い出来事に感じてしまいがちです。

しかし、どんな暮らしをしていても、世界のどこにいても、子どもは子ども。だれもが、一度しかない「子ども時代」という大切な今を生き、さまざまなことを経験し、学び、考え、つらいことも乗り越えながら、未来への夢を思い描いています。また、周囲に守られるべき存在でありながら、同時にひとりの人間として尊重されるべき存在でもあります。

世界の子どもたちにも、私たちにもある〈おなじ〉大切なこと、共通する思い─それがなにかを、シリアのサジャさんとの出会いを通じて感じてみましょう。

シリアのサジャさん

─2016年、シリア最大の都市アレッポ。爆撃を受けて壁が吹き飛ばされた建物が並んでいます。骨組みだけになって形のゆがんだ集合住宅群が、まるで互いを支え合うようになんとか建っています。道端には瓦礫が高く積まれ、コンクリートを補強していたはずの鉄筋は、毛糸のように丸められて脇に寄せられています。家々の窓にガラスはなく、窓であったところは暗い虚空になっているか、ビニールシートで覆われています。度重なる武力衝突で破壊され、風景から色が失われ、家々も、道路も、すべてが灰色に変わってしまった街。それがアレッポでした。そんな廃墟と化した街で、少し足を引きずるようにして歩くひとりの女の子に出会いました。

シリアで紛争が始まったのは、東日本大震災と同じ2011年3月のこと。それから5年が経った2016年の冬、12歳のサジャさんは、この街で3年目の避難生活を送っていました。ヒジャブで髪を覆い、厚めの防寒用の上着を着ていますが、シリアの冬は寒いので鼻と頬が少し赤らんでいます。子どもらしい、やわらかくて、やさしい声で彼女は話してくれました。

もともとアレッポの出身ですが、紛争が始まってからは5回以上も引越し、ようやく今の場所に落ち着いたそうです。紛争前の生活は、周りに家族や友達、親戚がたくさんいて、休日になればお母さんと市場へ買い物に出かけたり、友達やお兄ちゃんと自転車で遊んだりする、とても楽しいものだったと言います。実際、紛争前のシリアは安定した国で、教育水準も高く、97%の子どもたちが小学校に通えていました。多くの人々が日本と大きく変わらない豊かな暮らしを送っていたといいます。しかし、紛争がすべてを変えてしまいました。特にアレッポでは、2012年から激しい軍事衝突が繰り返されました。

「紛争が起こる前は、安心して外出できました。危険な目に遭うのではないかと、心配することもありませんでした。すてきな生活でした」

すてきな生活でした─そう言ったとたん、サジャさんの瞳が急に潤み、口元が少しゆがみました。それはほんの1、2秒のことでした。しかしその刹那、いったいどんな思い出や感情が彼女の中を駆け巡ったのでしょう。平和で幸せだった時代、失われてしまった大事なもの、二度と戻らない大切な人たち、胸を締め付ける爆撃音、体に感じた衝撃、熱、痛み、流れた血……私たちには想像することしかできません。紛争下で子ども時代を過ごすことの恐怖や悲しみに、思いを馳せることしか。目の前の12歳の女の子は押し寄せた感情の波を一瞬でこらえると、口元を引き締め直して話し続けました。

「爆発で一緒にいた友達が亡くなりました。ファティマちゃんも、ザハラーちゃんも、シードラちゃんも、ワレーちゃんも。そして私は片足を失いました─」

爆撃で壁が吹き飛ばされて骨組みだけになった建物(2017年)
© UNICEF/UNI274550

足を引きずるようにしていたのはそのせいでした。サジャさんは義足だったのです。階段の上り下りも器用にできますが、道路には瓦礫が残り、舗装もされておらずデコボコです。彼女はこんな風に言います。

「学校が遠いので、通学だけでも大変です。でも、止めることなんてできません。だって、勉強が大好きだもの。勉強が好きじゃない人なんて、いませんよね?」

深い悲しみを一瞬のぞかせたサジャさんでしたが、学校のことを話しているあいだはずっと笑顔でした。学校に通えること、友達に会えることが、うれしくてたまらないというように。相手の心まで温かくするような人懐っこい笑顔を浮かべていました。

通学のときは、崩れかけた建物のあいだを義足で歩いて行きます。青いユニセフのスクールバッグを背負って。悪路をものともせず、土埃をあげながら。路肩にユニセフの給水車が停まっているのが見えます。そして勉強。壁の一部が吹き飛ばされたままの吹きさらしの部屋で宿題をするとき、彼女の目は真剣そのものです。

「友達と一緒に勉強しています。交代で読み聞かせをしたり、一緒に遊んだりします。電気がないので、朝早起きして勉強しています。よくわからないこともあるので、だれか勉強を教えてくれる人がいたらいいな」

ユニセフが支援する学校で勉強するサジャさん(2016年)
© UNICEF/UNI283321

放課後になると、路上でサッカーをしている子どもたちをサジャさんが見つめていました。深い水たまりがある荒れた土の道路で遊ぶ少年たち。はじめのうち、彼らを見つめる彼女の目は少し寂しげに見えました。でも、きっと見ているうちにサッカーの楽しさ、体を動かすことの面白さを思い出したのでしょう。だんだん笑顔になってこう言いました。

「私の一番大切なものは、足です。空手や体操が好きです。体操の選手だったので、将来は体操のコーチになりたいです。夢がかなうといいな」

そう言うとサジャさんは階下に降りて行き、少年たちのサッカーに加わりました。そのプレーに驚きました。上手に松葉づえを支えに使いながら、残った片足で器用にボールを操ると、高く蹴り上げたり、正確にパスしたりするのです。

「サッカーが好きです。サッカーをしているときは、失ったものなど何もないように感じます」

きっと無心でボールを追いかけているときは、つらいことを忘れられるのでしょう。そして最後にサジャさんはこう言いました。

「昔のようなシリアに戻ってほしいです。もう、紛争はたくさんです。外に出かけても、ちゃんと無事に家に帰って来られる。そう思える日が来てほしいです。もう一度、昔のような暮らしがしたいです」

松葉づえを器用に使い、ボールを高く蹴り上げるサジャさん(2016年)
© UNICEF/UNI282707

複雑に折り重なる問題

2016年のシリアで出会った12歳のサジャさん。あらためて支援の視点から彼女の話を思い返してみると、気づくことがあります。それは、ひとりの子どもがひとつの社会課題に行く手を阻まれると、さらに複数の問題が重なっていくということです。サジャさんの場合は、まず紛争でした。紛争が始まり、たくさんの子どもたちが難民や国内避難民になり、学校に通えなくなりました。勉強したくても、できない現実があったのです。だからサジャさんは、学校に通うことができる喜びをあれほど深く噛みしめていたのでしょう。また、多くの子どもたちが爆撃の音におびえ、暴力を目撃し、大切なものをうばわれ、心理的なストレスを抱えました。いつも明るいサジャさんが見せた、あの一瞬のつらく悲しそうな顔。さらにインフラが破壊され、水や電気の供給が止まると、安全な水や衛生的なトイレが使えないという問題も生じます。そういえばアレッポの街の路肩には、ユニセフの給水車が停まっていました。そして、失われたサジャさんの片足……。

こうしてみると、「紛争」から始まり、「難民」「教育」「暴力」「水と衛生」、そして「インクルーシブ(*)」など、きびしい問題が連鎖し、ひとりの子どもにのしかかってしまうのがよくわかります。

*障がいの有無に関わらずすべての人々が受け入れられ参加できること

ユニセフは紛争開始以降、シリア国内とその周辺国で子どもたちの支援に取り組んできました。予防接種、トイレの設置、飲料水の供給、防寒具の提供、暴力からの保護、子どもたちへの心のケアや、障がいのある子どもも等しくサービスを受けられる活動など、ひとりの子どもに複雑に折り重なる問題に対応するため、ユニセフはあらゆる分野から取り組みを行っています。

そして、こうした10年にわたる支援は、サジャさんにも届いていました。

安全な水を届けるユニセフの給水車(2020年)
© UNICEF/UN0398424
シリア北西部のイドリブの農村に冬服や防寒具を届けた(2021年)
©UNICEF/UN0497225
ユニセフの移動式診療所で診察を受ける子ども(2022年)
©UNICEF/UN0585591

18歳になったサジャさん

─2021年、ふたたびアレッポ。ユニセフの支援を受けて学校に通い18歳になったサジャさんが声を聴かせてくれました。背が伸びて、瞳に知性を宿した女性は、12歳の頃の映像を見た後、あどけなさが残っていたあの頃よりずっと大人びた、落ち着いた声で、こんなことを伝えてくれました。

「以前のような体操の動きはできません。前は逆立ちも簡単だったけど、いろいろなことが変わってしまいました。体操のコーチになりたかったけど、今は、将来は体育の先生になりたいと思っています。

人生は止まらないことを学びました。攻撃を受けても、体の一部を失っても、人生はそこで終わりではありません。生きて、情熱を持ち続けなくてはなりません。今の状況から抜け出すために、私たち自身が、できることをしなければならないのです」

一人ひとりの物語を

どこで生きていても、どんな暮らしをしていても、子どもたちにとって〈おなじ〉大切なこと、共通する思い。皆さまも、サジャさんの声からそれがなにかを感じていただけたでしょうか? サジャさんの声は、2022年10月、「世界の子どもと出会う場所」というコンセプトでリニューアルしたユニセフハウスでも、シリアの教室を再現した空間で聴くことができます。ほかにも、映像や写真を通じて、海の向こうで生きるたくさんの子どもたちと出会うことができます。お近くにお越しの際は、ぜひユニセフハウスへお立ち寄りください。

(詳しい展示内容やアクセスなどは、「ユニセフハウスへ、ようこそ」にてご紹介しております)

サジャさんのように、支援を必要としている子どもたち、皆さまのご寄付に支えられている子どもたちの一人ひとりに、人生があり、物語があります。

そうした子どもたちの声を、これからもさまざまな方法で皆さまにお届けいたします。いつもユニセフの活動にご協力いただき、誠にありがとうございます。本年も、どうぞよろしくお願いいたします。

アレッポ郊外の避難民キャンプで遊ぶ子どもたち(2018年)
©UNICEF/UN0326753

シリア国内での支援例(2021年)

5歳未満の子ども47万人に三種混合ワクチンを提供
127万人に微量栄養素を提供
183万人の子どもに教育の機会を提供
水道設備を修繕し380万人に安全な水を提供
80万人以上に改善されたトイレを提供
97万人の子どもに心のケアサポートを提供