vol.276 2023 winter

世界の現場から

望みがかなう日まで

Jordanヨルダン

─「教えられる側」から「教える側」へ

「こうして子どもたちに教えることで、私も難民キャンプにより良い変化をもたらすことができていると思います」。ヨルダンのザータリ難民キャンプでシリア難民の子どもたちの教育支援に携わるハナディさんは胸を張ります。11歳から16歳の生徒たちは、彼女が基本的なパソコンスキルについて説明を始めると、生き生きとした表情で講義に聞き入り始めました。

自らも体験した難民生活

ハナディさん自身もかつて紛争下のシリアから隣国ヨルダンに逃れ着いた難民でした。ザータリ難民キャンプで暮らし始めた頃は友だちもおらず、学校にも行けず、つらい思いをしたと言います。その後、ユニセフがキャンプ内に設置した学校に通い始めたことで、教室に戻れた安堵感と、これからも学び続けたいという意欲が持てたそうです。

それから十年が経ち、ハナディさんは「教えられる側」から「教える側」へと成長しました。難民キャンプでの生活が長引く中、彼女は人々に希望を与える存在となっています。多くの若者と同じく、彼女も戦禍のなかでつらい経験をしましたが、それに耐え抜き、高校卒業後は大学に進学して学位を取得。その後結婚し、2人の子どもを育てながら、今は、難民キャンプで暮らす若者たちが自分の可能性を最大限に発揮できるよう教員として尽力しています。

ザータリ難民キャンプ内にある学校で子どもたちにパソコンスキルを教えるハナディさん
© UNICEF Ethiopia/2020/Tadesse

移り変わるキャンプ生活

ザータリ難民キャンプでは、学習支援、職業訓練、スポーツなど子どもや若者に向けたサービスのほとんどが、ここで暮らす人々自身の手で提供されています。世界各地で人道危機が相次ぎ、シリア難民への支援資金が減少する中、住人の貴重な収入源にもなる、持続可能かつ重要な取り組みといえるでしょう。

ザータリ難民キャンプが開設されてから十年あまり。キャンプの生活は大きく改善されました。炎天下、女性や子どもたちが水の容器を担いで並んでいた水場や、キャンプ内の狭い道を移動する度に砂嵐を巻き起こしていた給水車は姿を消し、現在では、キャンプ内の各家庭の台所の蛇口をひねれば清潔で安全な水が出てきます。

ザータリ難民キャンプ内にある家の庭で家族とほほ笑むハナディさん(左端)
©UNICEF/UN0689300/Fricker

キャンプの外の生活は遠い夢

しかし、十年にもわたって8万人が暮らす難民キャンプでの生活は、大きな精神的負荷と無縁ではありません。未来を見通すことがむずかしい閉塞的な社会にあって、時間とエネルギーを持て余した若者たちは喧嘩を始めることもしばしばあります。ユニセフ・ヨルダン事務所代表のタニヤ・チャプイサ氏は次のように語ります。「生活はずいぶん改善されましたが、難民キャンプは将来への展望が描きにくい不安定な社会です。そんな社会のただ中で、紛争によるトラウマを抱えたまま大人になろうとする若者たちをユニセフは支えています。2011年、シリアから逃れてきた難民の緊急支援を開始したとき、いったい誰が今日まで支援を継続しているなんて想像できたでしょう」

同様の不安はハナディさんの父アブ・カリームさんの心にものしかかっています。「今の子どもたちはキャンプの中で暮らしたことしかありません。外にはもっと広い世界があるのに、それがどんなものなのかを知らない。キャンプの外での生活は、依然として遠い夢なのです」

「私の望みは故郷に帰ること」――2013年、当時17歳だったハナディさんは、目に大きな涙を浮かべてユニセフのスタッフに訴えました。その願いはまだかなっていません。ハナディさんの教え子たちにも、祖国の記憶をもたない人が増えてきました。それでも「教育こそが希望をもたらす」と語るハナディさん。次世代のためにより良い未来を作ることに人生を捧げています。

Jordan
ヨルダンの基礎データ

面積:8.9万平方キロメートル(日本の約4分の1)
人口:1010.1万人(2019年、世界銀行)
5歳未満児死亡率:16/1000出生あたり(2019年)

ユニセフの活動

シリアで2011年3月に勃発した紛争は、近年の歴史の中で最も長引く紛争となっています。この十年間で約600万人の子どもが生まれ、平和や故郷を知らずに育っています。シリア国内の子どもの半数は学校に通えず、精神的苦痛を抱える子どもの数は倍増したと報告されています。シリアの近隣諸国であるヨルダン、イラク、レバノン、エジプト、トルコでは、故郷を追われ、もしくは故郷を知らない580万人近くの子どもたちが貧困と苦難に満ちた生活を強いられています。ユニセフは、紛争勃発以来、すべての子どもが基本的な権利を取り戻せるよう、シリア国内およびシリアからの避難民を受け入れている国々で教育、水と衛生、保健、栄養、子どもの保護、社会的保護の分野で人道支援の取り組みを続けています。

※データは主に外務省HP、『世界子供白書2021』による。
※地図は参考のために記載したもので、国境の法的地位について何らかの立場を示すものではありません