特集
気候危機は子どもの権利の危機
気候変動による危機は「子どもの権利」の危機。
ユニセフはそう訴えます。
2021年にユニセフが発表した報告(※)によると、
世界の子どもの約半数にあたる約10億人の子どもたちが
気候変動のきわめて深刻な影響を受けている上位33カ国に暮らしています。
こうした国々で子どもたちが直面している現状と、課題を乗り越えて
持続可能な世界の実現をめざすユニセフの取り組みをお伝えします。
※『気候危機は子どもの権利の危機』(ユニセフ 2021年)
近年、地球の温暖化が進んでいます。世界の年平均気温は、100年あたり0.73℃の割合で上昇。2011〜2020年の直近10年の平均気温に限れば、産業革命前(1850〜1900年)の平均気温と比べて1.09℃上昇しており、〝観測史上最も暑い10年間〞でした(※1)。IPCC(気候変動に関する政府間パネル)による最も厳しいシュミレーションでは(※2)、21世紀末の世界平均気温が21世紀初頭に比べて5.7℃上昇するとされています。
※1 …国際的な専門家でつくる地球温暖化についての科学的な研究の収集、整理のための政府間機構IPCC(気候変動に関する政府間パネル)の第6次報告書(2021年)
※2 …IPCC第5次報告書(2014年)
地球の温暖化は、二酸化炭素などの「温室効果ガス」が大気中で増えすぎたことが原因です。地球の周囲を温室のビニールのように取り囲んで太陽の熱を逃さずに暖め、平均気温を生物にとって快適な約15℃に保ってくれている温室効果ガスの機能が、過剰になりつつあるのです。
ほんのわずかに見える1℃や2℃という気温上昇が、さまざまな問題を引き起こします。産業革命前に50年に一度しか起きなかったレベルの異常気象は、世界の平均気温が1℃温暖化した現在では4.8倍、温暖化が1.5℃まで進めば8.6倍、2℃まで進めば13.9倍の頻度で生じるとされています。猛暑や大雨といった極端な気象が頻発するおそれがあるほか、海水の膨張や氷河などの融解で海面水位が上昇。自然生態系や人間の生活環境、農業などへの直接的な影響が懸念されています。
日本も例外ではありません。2018年7月、西日本から東海地方を中心に記録的な豪雨に見舞われ甚大な被害を出した西日本豪雨について、気象庁は、地球温暖化に伴う気温の上昇と水蒸気量の増加の影響があったと結論付けています。また、同じく記録的な雨量で東日本大震災以来の広域災害となった2019年の台風19号について環境省は、進路に沿った海域の海面水温が平年よりかなり高く、台風が発達しやすい環境にあり、そのため「地球温暖化の影響を加味しない限り説明が困難なレベル」の水蒸気量が日本列島付近に供給されたとの見方を示しています。
「人間の影響が大気、海洋および陸域を温暖化させてきたことは疑う余地がない」─IPCCの第6次報告書(2021年)には、こう明記されました。これまで「可能性がきわめて高い」など不確かさを含む表現でしたが、実際の気温上昇が続いていることに加え、各種の研究の精度が上がり、気候変動のメカニズムへの理解が深まったことから、「温暖化が主として人間の活動に起因する」ことを断定したのです。
気温上昇によって海面からの水蒸気量が増加し降雨量が増えます。一方、内陸部に多い乾燥地では、ただでさえ少ない土壌の水分が蒸発し、干ばつや砂漠化が進みます。
ユニセフが昨年12月に発表した『子どもたちのための人道支援報告書2022年』によると、アフリカの島国マダガスカルの南部では、雨が降らず、干ばつが長引いたため、150万人近くが食料不足に陥り、5歳未満の50万人が急性栄養不良に陥ると予測されています。干ばつは本稿執筆時点(2022年1月)も続いており、国連は、気候変動を原因とする初めての『飢きん』が起きるおそれがあるとして危機感を強めています。
ユニセフが子どもの視点から気候変動の影響を分析した初めての報告書『気候危機は子どもの権利の危機』(2021年)によれば、気候変動の影響を世界で最も深刻に受けているのが中央アフリカ共和国、チャド、ナイジェリア、ギニア、ギニアビサウ、ソマリアに住む子どもたちです。マダガスカルを含め、これらの国々はすべてサハラ以南のアフリカに位置しています。そもそもこれらの国々は、水や衛生設備、保健・医療、教育といった社会サービスや環境が十分に整っていません。そのため、気候変動の脅威に対しても非常に脆弱です。ユニセフは、年間予算の約4割をこうしたサハラ以南のアフリカの国々での支援に充て、この地域の気候変動のリスクを最小限に抑えられるよう活動を続けています。また、干ばつや洪水が起こった際は、緊急人道支援として給水や衛生環境の整備、教育継続の支援、急性栄養不良の子どもの治療などを展開。開発支援と緊急人道支援の双方でユニセフは気候変動による危機に対応しています。
図1のリストをご覧ください。現在、世界のほぼすべての子どもが、このなかの少なくともひとつ以上の気候変動のリスクに直面しています。そして先に挙げたような開発途上国の子どもたちは、さらに多くのリスクに直面していることが明らかになっています。報告書によれば、推定8億5千万人の子どもたち(世界の子どもの3人に1人)が、これらの気候変動によるリスクのうちの少なくとも4つが重なる地域に住んでいます。
2億4,000万人の子どもたちが、
沿岸洪水リスクにさらされている
3億3,000万人の子どもたちが、
河川の洪水リスクにさらされている
4億人の子どもたちが、
サイクロンのリスクにさらされている
6億人の子どもたちが、
ベクター媒介性疾患のリスクにさらされている※1
8億1,500万人の子どもたちが、
鉛汚染のリスクにさらされている※2
8億2,000万人の子どもたちが、
熱波のリスクにさらされている
9億2,000万人の子どもたちが、
水不足のリスクにさらされている
10億人の子どもたちが、
非常に高いレベルの大気汚染のリスクにさらされている※3
※1 …ベクター媒介性疾患は、蚊やダニなどの生物を媒介に人に広まる感染症による疾患で、マラリア、デング熱などがあり、その蔓延には地球温暖化の影響があるとされています
※2 …鉛は子どもの脳に回復不可能な害を引き起こす強力な神経毒。鉛蓄電池の非公式で基準を満たさない再利用が、2000年以降、自動車の保有台数が3倍に増加した低・中所得国に暮らす子どもたちの鉛中毒の主な原因になっています
※3 …大気汚染は、主に化石燃料の燃焼の結果として生じており、世界中で毎分13人の死亡を引き起こしています
重要なことは、気候変動による影響を強く受けているのは、温室効果ガスを大量に排出していない国々の子どもたちだということです。気候変動の影響をきわめて深刻に受けているとされる33カ国の二酸化炭素排出量をすべて足しても、世界の排出量のわずか9%にすぎません。逆に、温室効果ガスの排出量が最も多い10カ国を足すと、世界の排出量の70%を占めます。この10カ国のうち、きわめて深刻に気候変動の影響を受けているとされる国は、わずか1カ国のみです。
地球温暖化の責任はおとなたちにあるにも関わらず、気候変動の最も深刻な影響を受けるのは、脆弱な立場や環境にある子どもたちです。そして、温室効果ガスの排出量が少ない、温暖化に対する責任もきわめて少ない国々の子どもたちが、最も苦しむことになるのです。「気候変動による危機は、子どもの権利の危機」。ユニセフは、先の報告書のタイトルにも使われたこの言葉で、気候変動へ対応することが子どもたちの権利を守ることにもなると国際社会に訴えています。
2021年11月に開催されたCOP26(※3)に向けてユニセフが行った調査によると、2015年のパリ協定に署名した103カ国が「気温上昇を1.5℃に抑える」という目標を達成するために策定した行動計画のうち、子どもに配慮しているとユニセフがみなせるものは35カ国、約3分の1でした。子どもの権利や世代間の公平性に意味のある形で言及しているものになると約5分の1となり、計画の策定に子どもが参加したと回答したのは、わずか約8分の1に留まりました。
子どもや若者は、おとなにはないエネルギーや、アイデア、ビジョンを持ち、リーダーシップを取ることもできます。ユニセフは、気候変動の影響を最も深刻な形で受ける子どもや若い世代の声こそ、政策や気候変動に関する議論において、十分に反映されるべきと考えます。
※3 …国連気候変動枠組条約第26回締約国会議
干ばつが社会問題になっているアフリカ南部のジンバブエ。2019年の激しい干ばつの際は河川の水量不足で世界三大瀑布のひとつビクトリアの滝が干上がり、穀物生産が前年比で53%も減るなどしました。ビクトリアの滝に隣接する町に住むンコシさんは17歳。「ここでは、ある時は干ばつ、ある時は豪雨に見舞われます。ほら、見てください。豪雨でできた溝が、今度は土壌の乾燥で崩れ、どんどん大きくなっています。人々の生命線となる穀物を育てる農地が失われていくのを目の当たりにしています。ぼくたちは、今ここで、気候危機のなかを生きているんです」と言います。
故郷の現状にショックを受けたンコシさんは10歳の時、自分が変化の一部になろうと決め、小学校の環境クラブのリーダーになりました。以来、気候変動と環境問題を伝え行動を促す提唱者としての活動を同世代と連帯して続けています。「スポーツは得意ではありませんでしたが、人前で話すのは得意です」と笑うこの若者は、ユニセフとともに、各国首脳が出席するCOP25でもスピーチしました。現在はユニセフ・ジンバブエ事務所の若者メッセンジャーとして、政策の決定権者や社会へ同世代の声を届けています。
気候変動による影響の解消には数十年かかると言われています。温室効果ガスを削減するための緩和策が順調に成果を出しても、今現在、地球温暖化の責任が最も少ない地域に住みながら気候変動による危機の中を生きている子どもたちには間に合いません。子どもたちが直面しているリスクを軽減するには、社会サービス(水、保健、教育)を持続可能な形で整備していくことがやはり重要です。ユニセフは、現在先進国が示している年間1000億ドルの気候変動対策資金では、気候変動による多大な影響に対応するには不十分である事実を示しつつ、持続可能な形での社会サービスの整備のために、それを上回る資金の提供を求めています。
また、COP26の公式文書にも明記された「産業革命前からの気温上昇幅を1.5℃以下に抑える」という目標を達成するため、各国に対し、2030年までに排出量を少なくとも45%(2010年比)削減するよう求めていきます。
ユニセフは、気候変動に関する政策議論で、未来を左右する重要な決定に若い世代の意見が十分に反映されていない現状を変えていきます。行政や国際社会に子どもや若者たちの声を届け続けます。この地球の未来を担い、生きていくのは若い世代。彼ら彼女たちとともに持続可能な世界をつくっていくことを私たちはめざしています。
ユニセフの働きかけでCOP25に参加したジンバブエのンコシさんは、気候変動を議論する国際会議の場で言いました。「ぼくたちが本来持つはずの“子どもの権利”は、議論のためではなく、生きるためにあります」。アフリカの農村からやってきた瘦身の若者は世界の首脳に訴えました。「今の子どもたち、これから生まれてくる子どもたち─すべての将来世代へ持続可能な未来をつないでいくには、子どもたちこそ、気候変動対策の中心に据えられないといけないはずです」
子どもの権利は、子どもの今と未来を守るためにあります。その〈今〉と〈未来〉を、気候危機が大きく脅かしています。ユニセフはこれからも、気候変動の未来を左右する議論の場に若い世代の声を届け続けるとともに、世界各地での開発支援と緊急人道支援を通じて、まさに今、気候危機にさらされている子どもたちを守り続けます。
SDGs(持続可能な開発目標)は、人間(People)、豊かさ(Prosperity)、地球(Planet)、平和(Peace)のための目標であり、国際社会のパートナーシップ(Partnership)により実現をめざします。17の目標が記された国連「2030アジェンダ」には、「地球が現在の、そして将来世代が必要とするものを支え続けられるように、持続可能な消費や生産、天然資源の管理、気候変動に対する緊急の行動などを通じて、地球を破壊から守る」ことが示されています。
地球温暖化に一見関係なさそうに見える女性の教育は、じつはこの分野に大きく貢献する可能性を持っています。まず、教育年数が長い女性ほど出産する子どもの数が少なく、子どもを健康的に育てる傾向にあります。また、女性は家庭やコミュニティの中で食料や水の管理をしていることが多く、文字が読める女性は、新しく得る情報と伝統的知識を融合させて食料や資源のロスを減らすことができます。こうした女性が持つ適応力(レジリエンス)こそ、気候変動に対して最も有効な力になります。すなわち、女性の教育水準が上がれば上がるほど、①家族計画により人口が抑制され、②食料や資源を有効に使えるようになり、結果として地球温暖化に多大な貢献をもたらすのです。