特集
ずっとそこにいるユニセフ
絵本『てぶくろ』をご存知ですか。日本でも長く読み継がれるウクライナの民話です。
おじいさんが冬の森に落とした手袋に、ねずみやカエル、きつねやオオカミ、はてはクマまでが次々と入り、いっしょにひと時過ごすお話。
力の強いものも弱いものもお互いに譲り合いながらひとつの場所で共存する。
2月24日、そのバランスが破られてしまいました。
ユニセフは、どう動いたのか?人道支援を特集します。
「ウクライナ750万人の子どもに脅威」
こう始まる第一報を日本ユニセフ協会が報道機関に配信・ホームページに掲載したのは、2月24日の夕方(日本時間)のことでした。ユニセフ事務局長キャサリン・ラッセルが、「ユニセフは、ウクライナにおける武力行為の激化が、同国の750万人の子どもたちの命と生活に差し迫った脅威となっていることを深く憂慮しています。戦闘が沈静化しない限り、何万もの家族が強制的に避難させられる可能性があり、人道支援の必要性が劇的に高まっています」と緊急声明を発表。武力行為の即時停止と国際社会の支援を訴えました。
子どもの5割以上が国内外での避難生活を強いられるようになった今回の危機。
ユニセフは、最初の一カ月だけで、トラック94台分、1074トンの緊急支援物資(医薬品、医療機器、子ども用冬服、衛生キット、教育キット、幼児教育キット、レクリエーションキットなど)をウクライナと近隣諸国に送付。首都キーウ(キエフ)はじめウクライナ国内23カ所の小児保健センターと産科センターに約50万人分の医療物資と、子どもや妊娠・授乳中の母親向けの栄養補給品(高カロリービスケット、微量栄養素)などを届けました。また、ウクライナ国内の、特に経済的に厳しい状況に置かれた5万2千のひとり親世帯を対象に緊急の現金給付支援を展開。さらに、特に激しい戦闘が繰り広げられた東部のルハンスクやドネツクなどでは、地下壕に避難していた4000人以上の人々に対面やオンライン、電話を通じ、心理社会的支援(心のケア)を提供しました。
隣接するルーマニア、モルドバ、ポーランドとの国境付近では、離れ離れになった家族との再会支援や心のケアの他、防寒着や衛生用品、ベビーフードといった物資も提供するワンストップの支援拠点「ブルードット」を設置。ウクライナ国内でも、現地語で「一緒に」や「団結」を意味する“SPILNO”と呼ばれるウクライナ版ブルードットの設置を進めました。
冒頭で紹介したラッセル事務局長の緊急声明には、「コンタクトライン(接触線)周辺で発生している重火器による戦闘」という一文がありました。「コンタクトライン」とは、ウクライナ政府管理下にある地域と分離主義勢力が支配する地域を隔てる境界線のことです。これは2月24日に突然引かれたのではありません。8年あまり続いていたウクライナ東部の武力紛争の産物です。このラインの両側にあるウクライナ東部のドネツクとルハンスクの両州に住む51万人の子どもを含む340万人の市民は、長引く紛争で日常生活に大きな影響を受け、継続的に人道支援を必要としていました。
「明日死ぬかもしれないから、今日一日を一生懸命に生きないと」
2018年6月、当協会によるウクライナ東部へのプレスツアー(*1)の際に、コンタクトライン付近の学校で十代の女の子が話してくれた言葉です。当時も、付近では断続的に砲撃が続いていました。明日死ぬかもしれない、明日どうなるか分からない─こんな言葉を、これからの未来ある子どもに言わせてはいけないはずです。取材のために集まってくれた子どものひとりは、プレスツアーに同行したユニセフ・アジア親善大使のアグネス・チャンさんに心の内を打ち明けた後、堰き止めていたものが溢れたように、泣いて泣いて、泣き止みませんでした。アグネスさんの肩に顔をうずめたまま……。あの地域で出会った他の子どもたちも、元気そうにふるまってはいたものの、胸の内に不安感や喪失感を押しとどめているのがありありと感じられたとアグネスさんは言います。
*1…ユニセフの支援現場を報道関係者とともに尋ね、現場の視察・取材を通してユニセフの取り組みと世界の現状について理解を深めてもらう広報活動
こうした痛み、悲しみに打ちひしがれた子どもたちが今、ウクライナ全土にいます。過去8年にわたる紛争の間も、ユニセフは、コンタクトラインの両側でパートナー団体と協力し、戦闘で損傷を受けた学校や幼稚園、医療施設、水道施設など、地域に不可欠な社会インフラの修復支援や、学用品などの物資や給水車による飲料水の提供などを行い、数十万人の子どもや若者、保護者にカウンセリングなどの心のケアや、地雷回避教育などの支援を提供し続けてきました。
今でこそ、国際社会の関心が集まるウクライナですが、紛争が激化する直前に確保できていた資金は必要額に大きく及ばず、そのなかで支援活動に取り組んでいました。そう、「ウクライナ戦争」は、2月24日まで、〈忘れられた人道危機〉だったのです。
1946年に誕生したユニセフの最初の役割は、戦後の子どもたちへの緊急人道支援でした。第二次世界大戦の影響を受けた国々で、多くの子どもたちが家を焼かれ、家族を失いました。ユニセフは、空腹を抱え町をさまよっていた子どもたちに食糧や毛布を届け、その命を守りました。
それから75年以上が経ちましたが、今なお、世界各地で紛争や自然災害などの影響を受けた何百万人もの子どもたちが緊急人道支援を必要としています。しかしそのほとんどは、かつてのウクライナ東部と同じように、国際社会から注目されない、または、関心が薄れてしまった〈忘れられた人道危機〉です。
近年、長期化する傾向が見られていた人道危機ですが、新型コロナウイルス感染症のパンデミックは状況をさらに悪化させました。2年以上に及ぶ世界的な経済の低迷や社会不安を背景とする貧困、不平等の拡大というコロナ禍の影響を最も受けているのは、コロナ禍以前から危機的状況に置かれていた人々です。人道危機という、命と健康が危険にさらされる状況に置かれた子どもたちへの影響は、とりわけ深刻です。自らを守る術を持ちたくても持つことが出来ない子どもたちを支援しなければなりません。
第二次世界大戦の悲劇を〈二度と起こさぬように〉創設された国連ですが、残念ながら、以来75年以上、世界で銃声が止んだことはありませんでした。大規模な紛争こそ少なくなっているものの、長期化する傾向にあり、国家間の戦争に加え、集団間の武力衝突が頻発しています。
ソマリアでは、30年以上続く武装勢力間の紛争で、子どもたちの生活が破壊され続けています。2022年には、500万人の子どもを含む770万人が人道支援を必要とすると予想されています。
2011年の建国以来、隣国や国内勢力間の紛争が続く南スーダンでも、子どもたちの命と健康、成長を守る基本的な社会サービスの普及がままならない状況が続いています。2022年には、450万人の子どもを含む830万人以上が、保健や栄養と言った基本的なニーズを満たすための人道支援を必要とするとみられています。
麻薬ビジネスなどを背景にした深刻なギャング問題に悩む中南米の国々。ベネズエラは、ハイパーインフレ(物価の急激な上昇)、政情不安、暴力犯罪の増加などによって7年連続で経済が悪化し、社会と子どもたちへの悪影響が拡大。こうした状況は新型コロナウイルス感染症の影響によってさらに混迷を極めています。学校の一部閉鎖により、690万人の生徒が対面授業を受けられず、学校給食などのその他の重要な恩恵を受けられずにいます。多数の子どもたちを含む570万人以上の人々が、暴力から逃れるために移民として流出。人身売買や性的搾取、虐待などのリスクが高まっています。
コロンビアとパナマを隔てるジャングルであり、北米を目指す移民にとって最も危険な場所の一つである「ダリエン地峡」を徒歩で横断する移民の子どもの数は、昨年、過去最多を更新しました。
マダガスカルは、気候変動が直接の原因となった初めての飢饉に見舞われています。世界最貧国のひとつに数えられるこの国の中でも、特に深刻な貧困状態にある内部地域は、ここ数年で最悪の干ばつに見舞われ、食べ物を手に入れることができなくなっています。そこへコロナ禍の影響が重なり、150万人近くが食料不足に陥っており、今後、50万人の5歳未満児が急性栄養不良に、11万人が重度の栄養不良に陥ると予測されています。
同様の危機は、中央サヘル地域と呼ばれる地域にも広がっています。もともと多くの人々や子どもたちが、保健や栄養、教育などの基本的なサービスを十分享受できない状況が広がっていたブルキナファソやマリ、ニジェールなどの国々でも、気候変動による干ばつや異常気象、コロナ禍による社会経済的な影響により、760万人の子どもを含む約1360万人が人道支援を必要としています。
人道危機下にある最も弱い立場にある子どもたちにこそ、真っ先に支援を届ける必要があります。
ユニセフは創設以来、どんなに厳しい状況でも、子どもたちの命と権利を守るために活動を続けてきました。世界約190の国と地域で展開するユニセフの活動は、各国政府の任意の拠出と、皆さまのご寄付に支えられています。本誌読者の皆さまにご参加いただいている「ユニセフ・マンスリーサポート・プログラム」を通じた継続的なご支援は、〈忘れられた人道危機〉への対応はもちろん、突発的な人道危機が発生した際、募金の呼びかけや各国政府からの拠出が始まって、資金が実際に確保できるまでの間に、必要としている子どもたちに素早く緊急支援を届けることを可能にするユニセフの生命線です。ユニセフが支援物資を被災地へ数時間または数日以内に届けることができたり、現地で即時に対応ができたりするのは、こうした皆さまのご支援のおかげなのです。
ユニセフの緊急支援局長のマヌエル・フォンテーンは、次のように語っています。「私たちは今、多くの複雑で困難な人道危機に直面しています。しかしユニセフは、危機に瀕した子どもたちを見捨てることはありません。ユニセフはずっとそこにいます。パートナーとともに現場に残り、緊急人道支援を継続し、提供することを約束します」
たとえ世界の関心が薄れてしまっても、ユニセフはずっとそこで、子どもたちの命と権利を守り続けています。世界中の人道危機に瀕している子どもたちのために、引き続き、皆さまのご支援をお願いいたします。