vol.275 2022 autumn
ルワンダ初の子どもによる子どものためのラジオ番組で声優をつとめる少年
© UNICEF/UN0279857/Mugwiza

特集

子どもの声を聴く

おなじ社会を生きるひとりとして

2022年6月15日、「こども家庭庁設置法」および 「こども基本法」が国会で成立しました。

子どもに関わるさまざまな政策が確実に実施され、子どもや若者の声や意見が反映される社会になることが期待されます。

子どもの幸福度を高めるには、その声に耳を傾けることが大切です。
子どもが生きやすい社会は、きっと誰もが生きやすい社会のはず─

今号では、子どもとともにつくる社会全体の幸せのためにできることを考えていきます。

子どもの幸福度

今年5月、NHKが『君の声が聴きたい』をテーマに子どもや若者の幸せについて考えるシリーズを放送。40以上の番組が連動し、大きな反響を呼んだこのプロジェクトのもとになったのが、2020年のユニセフの報告書でした。

先進国における子どもの状況を比較・分析する報告書『レポートカード16』が、日本の子どもや若者の「精神的幸福度」が38の先進国のうち37位であったことを伝えたのです。一方で「身体的健康」は第1位。身体は健康なのに心は満たされていない。そんな日本の子どもや若者の姿が浮き彫りになりました。

教育評論家で法政大学名誉教授の尾木直樹さんは『レポートカード16』にコメントを寄せ、「こうした状況だからこそ、『子どもの権利条約』にも謳われている子どもの『参加する権利』が重要だと思います。子どもの声を聞き、あらゆる面で子どもの参加が実現すれば、おのずと幸福度は上がっていくと思います」と書いています。

ユニセフも総評として「子どもや若者の幸せについての考え方は、必ずしもおとなと同じではない。(中略)おとなたちは、子どもたち、若者たちの考えに積極的に耳を傾け、それを考慮に入れる必要がある」と訴えています。

「世界子どもの日」を記念したイベントに向けてスピーチの練習をする英国のイネスちゃん7歳(2017年)
© UNICEF/UN0146255/
コートジボワールでの世界子どもの日にコミュニケーション・メディア大臣の代理を務めるアデルさん(2018年)
© UNICEF/UN0258573/Diarassouba

子どもの声を聴く

「こども家庭庁」や「こども基本法」の審議をリードしてきた野田聖子こども政策担当大臣(当時)は、NHK『君の声が聴きたい』プロジェクトの番組内で「子どもが子どもということで、この国では自分の意見や権利が主張しづらい」と語っていました。子どもは発達途上であり、自分で行動できる範囲が限られており、選挙権も持っていません。子どもは子どもであるがゆえのこうした状況のためにその声は小さく、社会やおとなに届かないままになりがちで、そのため、子どもの意見や権利は社会から軽視されたり、無視されたりしてしまいます。

子どもの権利の拠り所は「子どもの権利条約」です。ユニセフを含む世界中の子どもの権利に関する組織が参加して草案がつくられ、1989年に国連で採択されました。日本は1994年に批准しています。

「世界子どもの日」のイベントで「平和」という文字を掲げる少女(2017年)
© UNICEF/UN0146051/Markisz

子どもの権利条約は「生命・生存・発達の権利」「子どもの最善の利益」「子どもの意見の尊重」「差別の禁止」という4つの枠組みに基づいています。なかでも「子どもの意見の尊重」は、おとなによる保護や教育の対象とだけ捉えがちだった従来の子ども観を「権利の主体」へと転換するものとして画期的でした。

子どもは守られ、教えられる存在なだけではなく、ともに社会をつくっていく、同じ時代を生きるひとりである─起草に大きな影響を及ぼしたポーランドの医師ヤヌシュ・コルチャック(コルチャック先生)の考えが、子どもの権利条約の根底には流れています。それを象徴するのが第12条の意見表明権です。子どもたちにも伝わるように訳した日本ユニセフ協会抄訳で掲載します。

「子どもは、自分に関係のあることについて自由に自分の意見を表す権利をもっています。その意見は、子どもの発達に応じて、じゅうぶん考慮されなければなりません」

子どもの権利条約が促しているのは、子どもに関わるさまざまな決定が子どもたち抜きで行われてしまう社会のあり方を転換し、あらゆる場に子どもが参加して意見表明していけるようにすること。そしておとなたちに、子どもだからと軽視せずに、その声を「聴く」ことの大切さを伝えているのです。

コンゴ西部でインタビューを行う子どもリポーター(2021年)
© UNICEF/UN0560110/Dubou
ベナンの学校で仲間と話し合う13歳のマーガレットさん(2021年)
© UNICEF/UN0495895/Abdou

「聴いて終わり」にしない

子どもの声を聴き、政治や国際社会の場に届け、社会に反映させる取り組みをユニセフは世界中で続けてきました。日本では、日本ユニセフ協会が子どもに関する課題への理解を広げ、子どもの権利の実現に向けて取り組む、啓発・アドボカシー(政策提言)活動の一環として取り組んでいます。

そのひとつが、インターネット上で子どもたちから意見を募る「子どもパブコメ」という取り組み。パブコメ(パブリックコメント)は、国や自治体などが政策策定の際に広く一般の意見を聞いて参考にするために行われます。「子どもパブコメ」はまさに、日本の子どもたちの声を聴くために実施したものです。

第1回は、2019年。ヤフー株式会社などの協力を得て、「子どもに対する暴力をなくすために、あなたの声をきかせてください」と呼びかけたところ、予想をはるかに超える約900件の意見が子どもたちから寄せられました。集まった子どもたちの声は、子どもに対するあらゆる形態の暴力をなくすための行動計画の作成を進める関係府省庁、市民社会、関連団体などで構成される円卓会議に届けられ、その内容をふまえて実際に行動計画が策定されました。日本政府は2021年8月、「子どもに対する暴力撲滅行動計画」を発表。また、子どもたちに自分たちの声が政策に反映されたことを伝えるため、当協会も制作協力し、やさしい言葉でまとめた行動計画の「子ども版」も発表されました。

©Yahoo!きっず

子どもたちの声を聴き、おとなに伝わる形にまとめ、政策提言として意思決定の場に届け、実際に政策に反映させ、その結果を子どもたちにも伝わる形にまとめて知らせる。「声を聴いて終わり」にしないのが、「子どもパブコメ」です。

今年は、環境・気候変動をテーマにした文書をまとめようとしている国連子どもの権利委員会に協力して、2回目となる「子どもパブコメ2022」を実施しました。「わたしたちの地球を守るために、あなたの声をきかせてください」との呼びかけに、前回を上回る1500件もの声が寄せられました。

スマホサミット

インターネット上だけでなく、子どもたちと実際に話して聴いた声を国際社会に届けた取り組みもあります。2019年10月から2020年2月にかけて国内各地で実施した、中高生自身がスマホやインターネットの問題と解決策を話し合うユニセフ「子どもスマホサミット」です。

国連子どもの権利委員会が、子どもにとっての安全で安心なデジタル世界についての文書をまとめるにあたり、日本ユニセフ協会は一般社団法人ソーシャルメディア研究会と協力し、全国5都市で計5日間、ユニセフ「子どもスマホサミット」を開催しました。約180人の中高生が、ネット依存、ネットでの出会い、ネットいじめ、ネットの信頼性をテーマに、安全なデジタル世界をつくるために、おとなは何をするべきか、子どもには何ができるのかを熱心に話し合いました。

午前中は「中高生ワークショップ」として、事前に中高生対象に行ったインターネットの利用状況などについてのアンケート結果をふまえ、「スマホのメリット・デメリット」やその日のテーマについて子どもたちが議論。午後は「おとなと子どものワークショップ」として、行政や教育関係、警察といったさまざまな立場から地域のおとなが参加し、午前中のワークショップ内容を中高生が発表したうえで、問題解決に向けておとなと子どもがいっしょにそれぞれの役割を議論しました。

おとなと子どものワークショップの様子
© 久留米ユニセフ協会
中高生ワークショップでの活発なグループ討議
© 久留米ユニセフ協会

聴くための実践

スマホサミットでコーディネーターをつとめたソーシャルメディア研究会を主宰する竹内和雄兵庫県立大学准教授は、子どもの声を聴くためには3つのポイントがあると言います。

① 子どもが緊張していないこと、心が落ち着いていること
② 何を言ってもいいとの安心感を持っていること
③ 人の意見を否定しないこと。同意はしなくても、子どもの意見を尊重すること

おとなの関わり方も重要です。子どもとおとなが一緒に議論する午後の部で、おとなが守ったふたつの大事なルールがあります。それは「お説教は禁止」と「発言は2分以内」。どちらもおとなが子どもを相手にするとき、ついついやってしまいがちなことです。しかし、「子どもは守られ、教えられる存在なだけではなく、ともに社会をつくっていく、同じ時代を生きるひとりである」という対等な気持ちで子どもと向き合えば、自然と減っていくことなのかもしれません。

皮切りとなった福岡県久留米市でのスマホサミットに参加した国連子どもの権利委員会の大谷美紀子委員長は、子どもの声を聴くときにおとなに必要な姿勢について「子どもの意見を聴くことは、じつは簡単ではありません。さあ言ってください、と言われても、何についてきかれているのかの説明なしには言えないし、その意味で、お手伝いをする人たちがすごく大事です。今日はそれを、皆さんにとても年の近い、大学生たちがつとめてくださることが、とてもありがたいと思います」と語りました。

スマホサミットでは、中高生たちの各グループに案内役として大学生たちが入り、緊張をときほぐすためのちょっとしたゲームを行ったり、子どもたちが話しているあいだは「いいねー」とうなずきながら聴いてその意見を引き出したり、おとなと子どもの〈つなぎ役〉として活躍したのです。

子どもとおとなをつないだ大学生たちの言葉には、子どもの声を聴くためのヒントが散りばめられていました。

「緊張をほぐすゲームや子どもたちとご飯を食べたことが、話しやすい雰囲気を作るのに有効でした。おとなと子どもが話し合う場面では少し子どもが話しづらそうにしていたので、なるべく話しやすい空気を作りつつ、積極的に子どもたちに話を振っていく必要があると感じました」

「参加したおとなが、子どもたちのインターネット利用の現状に関して、子どもたちに教えてもらう、という姿勢をとても自然に示していました。『私たちにはよくわからないことも多くて』という言葉から子どもたちに問いかけてくれたので、子どもたちが自分の意見を言ってみようという気持ちになっていたと思います」

おとなに届ける

「おとなには、皆さんの意見をしっかり受け止め、それが実現するよう、おとながまとめる意見の中に入れていく責任があります。それを私は、国連の側でやっていきたいと思います」(大谷委員長)

日本ユニセフ協会は、スマホサミットで集められた中高生の声を10項目の提言にとりまとめ、デジタル世界における子どもの権利の保護と推進の取り組みを各国に働きかけるために、国連子どもの権利委員会が作成を進めていた「一般的意見25」に対する意見(パブリックコメント)として提出し、その一部は最終的な文書に反映されました。

子どもスマホサミット~日本の中高生の提言

  • 子どもの声をきいてほしい、おとなと子どもが一緒に考える機会を
  • デジタル世界への導入は慎重に
  • インターネット・スマホの使い方やリスクを小さいうちから教えてほしい
  • より安全で子どもにやさしいネット環境をつくってほしい
  • ネット利用を自分でコントロールしやすい機能を開発してほしい
  • ネット以外で安心して過ごせる居場所がほしい
  • ネットでトラブルに遭う前に気づいてほしい
  • 家庭で一緒にルールを決めてほしい
  • おとなも詳しくなって、見本になってほしい
  • 私たちも行動します

ユニセフは、先進国、開発途上国を問わず、世界中でこのような子どもたちと一緒に取り組むアドボカシー活動に取り組んでいます。子どもたち一人ひとりの基本的人権(子どもの権利)が尊重される社会をつくっていくために、子どもの声を聴き、それをおとなが意思決定する場に通用する形にして届け、子どもとおとなの〈橋渡し〉をする。本号の他記事で、そんな世界での活動を紹介しています。

子どもが生きやすい社会は、きっと誰もが生きやすい社会のはずです。子どもの声から社会を変えていくために、ユニセフはこれからも皆さまと「子どもの声を聴く」ことに取り組んでいきたいと思います。

同じ目線で楽しい時間を過ごし、話し合うユニセフ職員とウクライナから避難してきた男の子(ルーマニア)
© UNICEF/UN0630184/Moldovan
ユニセフの職員と笑顔で話す男の子(コンゴ民主共和国)
© UNICEF/UN0513403/Dejongh
サイクロンで避難してきた男の子が語ることに耳を傾けるユニセフ職員(フィジー共和国)
© UNICEF/UN0400163/Stephen/Infinity Images