vol.281 2024 spring

マラリアとの闘い

[028] マラリアとの闘い

マラリアは、今なお5歳未満の子どもの命を1分間にひとり奪っている感染症。ユニセフは殺虫剤処理をほどこした蚊帳の無料配布のほか、新開発のマラリアワクチンの普及にも取り組んでいます

地球上でもっとも人間の命を奪っている生物はなんだと思いますか? 答えは「蚊」です。蚊が媒介する感染症には、ウイルス疾患のデング熱、チクングニア熱、ジカウイルス感染症、日本脳炎のほか、原虫(寄生虫)性疾患であるマラリアがあります。多くの子どもの命を奪ってきたマラリア。WHOによると、2022年は世界85カ国で推定2億4900万人が感染し、コロナ禍以前の2019年の感染者数2億3200万人を1600万人上回る勢いでした。感染者のうち60万8000人が命を落としています。また、感染の94%、死亡の85%がアフリカに集中しています。

撲滅可能な感染症

マラリアは、マラリア原虫を持ったハマダラカという蚊によって媒介される感染症です。発熱や頭痛、寒気など風邪に似た症状が多いので感染に気づきにくいのですが、治療が遅れて悪化すると、脳症・意識障害・多臓器不全といった合併症を引き起こします。医療へのアクセスが限られている地域や家族の幼い子どもにとっては命に関わる病気となります。妊婦が感染すると、貧血により低体重児や死産につながりやすくなります。

マラリアは、かつて日本でも存在していたことが古文書から推定されており、第二次世界大戦後にも全国的に流行したことがあります。しかし徹底した予防対策がとられた結果、死者数は激減。1960年代には撲滅するに至りました。以降、日本国内での感染は報告されていません。

蚊帳の使用

マラリア予防の有効な対策のひとつが、殺虫剤処理をした蚊帳です。2000年代に入り、日本の企業が開発した繊維に殺虫剤を練り込む技術で、殺虫剤効果が長持ちする蚊帳が量産され、家庭での使用が広がりました。2004年以降、世界中で25億帳以上が提供されましたが、その87%(22億張)はサハラ以南のアフリカにおいてでした。

ユニセフは、貧困地域と農村部を中心に大規模な蚊帳の無料配布をおこない、その結果、サハラ以南のアフリカでは、蚊帳を使って就寝している子どもの割合が、2011年の40%未満から2021年には50%以上に増加しました。

小児病棟のベッドにマラリア感染予防のため蚊帳をかける母親(ウガンダ、2023年)
© UNICEF/UN0832246/Wamala

それでも、蚊帳の普及率はまだ十分ではなく、国や地域によって大きなばらつきがあります。たとえば、2022年に蚊帳を利用して就寝していた子どもは、ギニアビサウとニジェールでは90%以上でしたが、アンゴラとジンバブエでは25%未満でした。マラリアの脅威にさらされ続けている子どもたちが、まだ多く残されているのです。

期待のワクチン「RTS、S」

2023年11月21日夜、カメルーンの首都ヤウンデに開発されたばかりのマラリアワクチン「RTS、S」、33万1200本が到着しました。続く数週間内にブルキナファソ、リベリア、ニジェール、シエラレオネへ、さらに170万人分のワクチンが届けられることになっています。

このワクチンは、35年にわたる研究を経て開発された、原虫性疾患に対する初めてのワクチンです。WHOが2019年に、ガーナ、ケニア、マラウイの3カ国で生後5カ月以降の子どもに4回の定期接種試験を実施したところ、予防接種をおこなった地域では、おこなわなかった地域に比べ、重度のマラリアの症例が大幅に減少。全体として乳幼児の死者数が13%減少したことが報告されています。

マラリアの予防接種を受ける生後8カ月の子ども(マラウイ、2023年)
© UNICEF/UNI404862/Malawi

ただ、この成果は「RTS、S」だけがもたらしたものではありません。殺虫剤処理をした蚊帳の利用や殺虫剤の屋内散布、医療体制の整備など、従来の対策と同時にワクチン接種が行われることが大切であることを報告書は示しています。

今後このワクチンを既存の予防接種プログラムに導入していくには、医療従事者の訓練、ワクチンの運搬と保管、地域社会の理解の促進など包括的な準備が必要です。また、他のワクチンよりも多い合計4回の接種をしなければならないという課題もあります。

マラリアに感染した娘の治療薬を受けとり、笑顔の母親(南スーダン、2022年)
©UNICEF/UN0598332/Naftalin

しかしコロナ禍でさまざまな施策が停滞した影響で、マラリア再流行の兆しがあります。過去20年の進展が後退に転じぬよう、この画期的なワクチンを有効に活用するべくユニセフは取り組んでいきます。

マラリアと気候変動

近年、気候変動がマラリアに及ぼす影響について懸念が増しています。2022年、大洪水で甚大な被害に見舞われたパキスタンでは、マラリアの患者数が5倍に増加。260万人が感染し、マラリアによる死亡者数は、洪水による直接的な死亡者数をはるかに上回りました。また、気温上昇や異常気象の増加により、蚊の生息地が拡大しています。洪水などの自然災害の被災地域は、農作物が打撃を受け、医療体制もひっ迫することから、栄養不良になる子どもが増加し、マラリアに感染した場合死亡する確率が高くなるなど、気候変動はマラリア被害にも影響しており、さらなる対策が急務となっています。

豪雨により洪水が発生した村で子どもを抱く母親(パキスタン、2022年)
© UNICEF/UN0730453/Bashir

※地図は参考のために記載したもので、国境の法的地位について何らかの立場を示すものではありません