世界の現場から
芽生える希望
Pakistanパキスタン
─ 洪水を生きのびて
「見渡すかぎり、村のすべてが水に浸かってたのに、飲み水はなかったのです」─パキスタンのパンジャブ州に住む12歳のメフリーンさんは当時を振り返ります。2022年6月中旬以降、雨期のパキスタン南部で数週間にわたって過去30年の平均降水量の5倍以上にもなる雨が降り続き、大規模な洪水と地滑りが発生。国土の3分の1が水没しました。
メフリーンさんが住むパンジャブ州ラジャンプル地区も村全体が洪水に飲み込まれ、約450世帯が家屋を失いました。村唯一の給水場は押し流され、道路も遮断。数週間にわたって外部からの支援が届かず、水も食料もない村人たちは生き残るのに必死でした。「ものすごく蒸し暑くて、夜はとても怖かったです。食べ物はほとんどなく、母は汚れた水を布で濾し、焚き火で沸かしてくれました。それを冷まして飲みましたが、安全な水ではないことはわかっていました」
男たちは毎日、首まで水に浸かりながら、村にわずかに残った食料をかき集めてきました。「悪夢のような日々でした。こんな洪水が二度と起こらないことを願っています」とメフリーンさん。村人の大半が雇用就農者か日雇い労働者というパキスタンのなかでも特に貧しい地域で、被災前から安全な飲料水が不足しており、塩分の混じった地下水に頼って生活していました。今回の洪水で井戸や水道管が破壊され、水の問題はさらに悪化。特に被害が大きかった3州では、安全な飲料水の不足、劣悪な衛生環境、深刻な栄養不良のために多くの子どもたちが繰り返し病気にかかり、ときに命を落としました。
洪水から数週間後にようやく村の水が引くと、パキスタン政府やユニセフの支援も本格化しました。「道路が復旧するとすぐに、給水車で飲料水の供給をはじめました」と、ユニセフ・パキスタン事務所のカーン緊急人道支援専門官。パキスタン政府とともに多くの井戸を再建し、各家庭に安全な飲料水を届けるために新しい水道管も敷設しました。
洪水から半年後。メフリーンさんは家族とともに仮設避難所から自宅へと戻りました。とはいえ家屋は再建できておらず、ガレキの横にテントを張っての生活。それでもユニセフの支援で安全な飲料水は利用できます。メフリーンさんは「新しい井戸は、家からほんの数歩のところにあり、今では簡単に水を汲むことができます」と少し安堵した表情で話します。
「古い給水設備はすべて電気で動いていましたが、貧しい農村部では高い電気代を支払うのが困難でした」とパンジャブ州で公衆衛生を担当しているラウフ・スンバル氏。「ユニセフが建設した新しい給水システムは、太陽光発電で給水ポンプを動かします。電気代の支払いに苦労していた村人たちの経済的負担を大幅に軽減することができます」
自然災害が多いパキスタン。ふたたび大規模な自然災害が子どもたちを襲う前に「備える」ことが極めて重要です。新しい設備は、洪水から守るために高台に建てられました。
地元の人々は給水設備の復旧をとても喜んでいます。特に水汲みを担う女性や子どもたちはうれしそう。「いとこたちと一緒にほしいだけ汲みます。きれいで甘いのよ」そう教えてくれたメフリーンさんの顔に、はじめて笑みが浮かびました。
面積:79.6万平方キロメートル(日本の約2倍)
人口:2億4,149万人(2023年、国勢調査)
5歳未満児死亡率:63/1000出生あたり(2021年)
パキスタンは、近年、世界で最も自然災害が多い国のひとつです。2022年に発生した大洪水では、国土の3分の1が水没。1600万の子どもを含む3300万人以上が被災し、1739人の命が失われました。メフリーンさんの村のように、もともとパキスタンでも特に困窮し、安全な水やトイレなどの衛生環境が整っていなかった地域の被害が大きく、復興支援では、洪水や熱波、干ばつなど、気候変動による自然災害の被害を最小化でき、かつ、ふたたび災害に襲われたときの回復力(レジリエンス)が高められる対策が必要です。2023年、ユニセフは274万人に安全な飲料水を得る手段を提供。うち175万人が、持続可能な方法で飲料水を利用できるようになりました。また、10万人を対象に男女別の仮設トイレを、28万人を対象に家庭用のトイレ復旧のための支援をおこなっています。
※データは主に外務省HP、『世界子供白書2021』による
※地図は参考のために記載したもので、国境の法的地位について何らかの立場を示すものではありません