世界の現場から
スラムに射す光
Nigeriaナイジェリア
─移動式保健チームの取り組み
ナイジェリア最大の都市ラゴス。にぎわいをみせる市場のわき道を、幼いファワズくんを連れたジェムラットさんは暗い面持ちで歩いていました。火曜日の朝。ふだんであれば、市場で懸命にパンを売っている時間です。けれどもこの日は、パンを仕入れるお金さえ手元にありませんでした。「この先どうなるんだろう」不安な気持ちを抱えて家へ帰る道すがら、ジェムラットさんは偶然、街を訪れていたユニセフの移動式保健チームに出くわしました。
ナイジェリア経済の中心地であるラゴスは、貧富の格差が大きく、ジェムラットさんが働くコソフェ区の市場の裏には、スラム街が広がっています。通称「ゲンゲレ地域」と呼ばれるこのあたりは、かつて市場の卸売業者が多く暮らす街でした。しかし今ではゴミがあふれ、犯罪が横行し、水道や衛生設備、教育といった基本的な社会サービスも整わない貧困地域になっています。ジェムラットさん親子の家もこのゲンゲレ地域にあり、最寄りの保健センターまでは往復10キロ。時間も交通費もかかるため、なかなか通うことはできません。
世界で2番目に予防接種を受けていない子どもが多い国が、ナイジェリアです。未接種の子どもは国全体で220万人。ジェムラットさん親子が暮らすコソフェ区でも、2021年は1万7000人の子どもが一度も予防接種を受けられませんでした。4歳のファワズくんも、そのうちのひとりです。
ユニセフとナイジェリア保健局は、さまざまな環境で暮らす子どもたちがひとりでも多く予防接種を受けられるよう、定期予防接種のプログラムを強化しています。各家庭を訪問して予防接種をおこなう移動式保健チームの編成もその一環です。移動式保健チームは、はしかやポリオといった予防接種のほか、ビタミンAサプリメントの提供や、保護者への新型コロナウイルスの予防接種などもおこないます。
この移動式保健チームが地域を巡回していて、市場からの帰り道だったジェムラットさん親子に声をかけたのです。仕事にはあぶれたものの、おかげで息子に予防接種を受けさせることができました。生まれてはじめて予防接種を受けたファワズくんは驚いて叫び声をあげましたが、ビスケットをもらうとすぐに機嫌を直しました。
ナイジェリアでは、多くの住民がこの移動式保健チームの恩恵を受けています。同じゲンゲレ地域で3人の子どもを育てるシングルマザーのエスターさんは、移動式保健チームが来ていることを知るとすぐ、息子のサミュエルくんを連れて列に並びました。近隣の団地向けのクリーニングを生業にしていますが、家計は苦しいそうです。「一日でも働かなかったらホームレスになってしまいそうなくらいの経済状態です。もともと仕事は休めませんし、子どもを保健センターに連れて行こうとすると、日給の半分が交通費に消えます」とエスターさんは言います。
生後すぐに結核の予防接種を受けて以来、サミュエルくんは予防接種を受けられていませんでした。しかし、移動式保健チームが訪れたその日、ジフテリア、破傷風、百日咳の3種混合ワクチンの接種を受けることができました。
ゲンゲレ地域の保護者は低賃金の仕事を掛け持ちしていることが多く、定期予防接種のために保健センターに通う時間と交通費が大きな障壁になっています。そうした家庭を特定し、こちらから子どもたちのもとへ出向いて予防接種をおこなうという移動式保健チームの取り組みが、ナイジェリアの子どもたちの命と健康を守っています。
面積:923,773平方キロメートル(日本の約2.5倍)
人口:2億1,854万人(2022年、世界銀行)
5歳未満児死亡率:111/1000出生あたり(2021年)
はしかの予防接種の実施率:59%(世界平均は81%)(2021年)
ナイジェリア以外の多くの国々でも、ユニセフは、紛争・自然災害・貧困などの理由で保健センターに定期的に通えない子どもたちのため、移動式保健チームを派遣し、予防接種や栄養状態の診断、医薬品や栄養治療食の提供などの支援活動をおこなっています。保健員や医療従事者のほか、ときには心理学者やソーシャルワーカー、弁護士が一体となって支援の届きにくい人々のもとへ赴き、必要なサービスを提供します。ブラジル北西部の広大な熱帯雨林に囲まれた地域にワクチンを届け続けている看護師のダインハイファーさんは、山を越え、カヌーやボートで川を移動し、子どもたちの暮らす村へ向かいます。「多くの親は、お金がない、仕事で時間の余裕がないなどの理由で、接種を遅らせています。私たちの仕事は、こうした家族を探すこと。子どもたちが予防接種の列に並んでいる光景を見ると、やりがいを感じます。」人里離れた村で、難民キャンプで、被災地で、ユニセフは今日も活動を続けています。
※データは主に外務省HP、『世界子供白書2021』による
※地図は参考のために記載したもので、国境の法的地位について何らかの立場を示すものではありません