vol.284 2025 winter

世界の現場から

未来を変える勇気

Bangladeshバングラデシュ

─ 児童婚はしたくない

バングラデシュのロヒンギャ難民キャンプで暮らすアジダさんは、13歳で人生の岐路に立たされました。結婚話が持ち上がったのです。その背景には、将来を見通すことができない難民キャンプの状況と、「女の子の未来は結婚によって守られるべき」という地域の人々に根付いた伝統的価値観がありました。「コロナ禍の真っ最中でした。姉はすでに結婚し、次は私の番でした。周囲の人たちは両親に対して、私を結婚させるよう何度も迫っていました。まだ結婚できる年齢ではなかったのに」とアジダさんは当時を振り返ります。

15歳になったアジダさん
© UNICEF/UNI519797/Sujan

慣習に従うか、信念を貫くか

日本でいえばまだ中学生になったばかりの年齢の女の子に、社会的圧力と慣習の重みがずっしりとのしかかりました。コロナ禍でキャンプ内の学校が閉鎖されていたことも状況を悪化させていました。アジダさんをはじめとする女の子たちは、小さな仮設住宅から出ることもできず、周囲からのプレッシャーで早すぎる結婚のリスクにさらされていたのです。

まだ結婚はしたくない。アジダさんはそう両親に伝えました。「私は多目的センターの青少年クラブで、未成年の結婚の弊害について教わっていました。だから自分が結婚できる年齢ではないことも、若すぎる結婚はいろんな悪影響が伴うことも学んでいたのです。妊娠が早すぎると母子どちらにもリスクがあり、ときに命に関わる危険なことだとも知っていました」

キャンプ内の多目的センターは、児童婚や児童労働、メンタルヘルス、虐待、障がいのある子どもの共生など、子どもと若者に関するあらゆる問題に取り組んでいます。このユニセフが支援するセンターの青少年クラブに4年ほど通っていたアジダさんは、子どもにかかわるさまざまな問題について知識を持っていました。児童婚の潜在的なリスクについて学び、自分の意思を表明することの大切さも理解していたのです。

「こんなに早く結婚するのは間違っていると両親に伝えました。法律では18歳にならないと結婚できないとも。でも、聞いてもらえなかった。だから多目的センターの裁縫の先生に相談したんです」

生理用ナプキンなど女性が衛生と尊厳を維持するための日用品が入ったユニセフの「尊厳キット」を手にするアジダさん(15歳)。
© UNICEF/UNI517340/Sujan
多目的センターで「尊厳キット」の配布作業をおこなうアジダさんと仲間たち
© UNICEF/2024/Annadjib

おとなたちを動かした行動

両親が自分の訴えを聞いてくれなくてもアジダさんはあきらめず、次の行動を起こし、その相談を受けた裁縫の先生はすぐに彼女を支援相談員に紹介しました。

両親は児童婚の悪影響についての知識をほとんど持っていませんでしたが、支援相談員が話をすると、その弊害についてふたりとも理解してくれました。早すぎる妊娠のリスクについて学び、幼い妻が家庭内暴力の被害者にもなり得ることを知った両親は、このままでは娘の命を危険にさらしかねないことに気がつき、結婚話を断る決心をしたのです。

アジダさんと裁縫のクラスの仲間たち
© UNICEF/UNI517358/Sujan

「結婚を断ることにしたと聞いたときはとてもうれしかったです」アジダさんは振り返り、「この経験が私に勇気をくれました」と語ります。そしてこの結果によって変わったのは、彼女の人生だけではありませんでした。キャンプ内の多くの女の子たちも、アジダさんの強さと行動力とあきらめない心に勇気づけられたのです。

人生を決めるのは自分自身

現在、アジダさんは多目的センターの裁縫コースで衣服の作り方を学んでいます。技術を習得し、いろいろな服を作れるようになって、自立したい、と意欲を燃やしています。
「もし女の子から、望まない結婚を親に勝手に決められたと相談されたら、私は自分の経験を話します。自分の人生は自分の意思で変えられる―そのことに気づいてもらうために」

多目的センターで、裁縫クラスに参加するアジダさん
© UNICEF/UNI517338/Sujan

Bangladesh
バングラデシュの基礎データ

面積:14万7千平方キロメートル(日本の約4割、バングラデシュ政府)
人口:1億7,119万人(2022年、世界銀行)
5歳未満児死亡率:27/1000出生あたり(2021年)

ユニセフの活動

ユニセフは、バングラデシュのコックスバザールにある33のロヒンギャ難民キャンプ内の100を超える多目的センターを支援しています。ミャンマーにおける暴力から逃れてきた子どもたちが安心して遊び、将来に役立つ知識と専門技術を身につけ、チームワークなどの社会スキルを学ぶセンターです。現在では多くの子どもたちが熱心にセンターに通っていますが、その裏にはスタッフの努力がありました。保護者たちが安心して子どもたちを通わせてくれるよう、キャンプ内の家々を回り、センターの利点を説いて回ったのです。暴力の記憶が残る家族の信頼を得るのには時間がかかりましたが、「以前は私が訪問しても、子どもたちは家から出てきませんでした。いまはみな、ここに来るのを楽しみにしています」とあるスタッフはいいます。またセンターでは、キャンプで安全に暮らすための情報も提供します。児童婚や児童労働などに関するものから、サイクロンなど災害に関することまで内容はさまざま。子どもが学べば、親も学びます。子どもたちがセンターで聞いたことを親に話すからです。先の見えない状況下でも人々ができるだけ安心して暮らせるよう、ユニセフは活動を続けていきます。

難民キャンプ内の学校に向かう少女たち
© UNICEF/UNI411470/Lateef

※データは主に外務省HP、『世界子供白書2021』による
※地図は参考のために記載したもので、国境の法的地位について何らかの立場を示すものではありません