vol.281 2024 spring
遠隔地の村々へワクチンを届け予防接種をおこなうため、ラクダと徒歩で移動する保健員たち(インド)
© UNICEF/UN0595082/Panjwani

特集

子どもの命と未来を守るため

ユニセフの予防接種活動

コロナ禍に続く紛争と社会不安。
この数年にわたる混乱のなか、
数千万人の子どもたちが予防接種の機会を逃しました。

2022年、定期予防接種の対象年齢ながら、
接種を受けられなかった子どもは、全世界で2020万人。
コロナ禍前より200万人も増えました。

予防接種は、感染症から子どもの命と健康を守る
もっとも効果の高い方法のひとつです。

防げる病気から子どもたちを守るために取り組む
ユニセフの予防接種活動を特集します。

予防接種の歴史

ユニセフの予防接種のはじまりは、約80年前にさかのぼります。1946年、第二次世界大戦後、戦災を受けた子どもたちの人道支援のためにユニセフが創立された当時、ヨーロッパは荒廃し、人々は貧困と飢餓にあえいでいました。とりわけ中欧・東欧諸国は、破壊された建物や地下壕に多くの人々が身を寄せており、感染症の集団発生が起きやすい条件がつくられていました。特に懸念されたのが、結核のまん延です。

ユニセフは、1948年、その前年にデンマークの赤十字社がドイツ、ポーランドなど欧州各国ではじめた結核の予防接種キャンペーンへの支援を開始。結核を予防するワクチン(BCG)の小瓶を携えた医療従事者のチームが欧州中を駆けめぐり、1950年までに約1140万人の子どもたちに予防接種をおこないました。これが、「ワクチン接種を通じて予防可能な病気から何百万人もの子どもたちの命と健康を守る」という新しい時代の幕開けとなりました。

戦争で破壊された建物から石を運び、町の再建を手伝う子どもたち(イタリア、1946年)
© UNICEF/UNI41887/Romagnoli
ユニセフの前身である国連救援復興局(UNRRA)から届いたスープを受け取る子どもたち(ポーランド、1946年)
© UNICEF/UNI43101/Kubicki

以来ユニセフは、WHO(世界保健機関)をはじめとするパートナーや各国政府と協力し、ワクチンによって予防できる病気から子どもたちを守る取り組みを続けています。1950年代から70年代には、特定の病気の予防や根絶に向けた国際的なキャンペーンが多く実施されました。

このうち、もっとも成功したのが天然痘根絶キャンペーンです。天然痘は感染力がとても強く、紀元前から「死に至る疫病」として人々から恐れられていました。日本も例外ではなく、江戸時代には何度も流行を繰り返し、徳川幕府の将軍が何人も天然痘にかかったといわれています。

1950年代に世界で年間2千万人が罹患し、400万人が死亡していると推計されていた天然痘ですが、地道な予防接種活動とそれを加速させる大規模なキャンペーンの結果、1980年に根絶が宣言されました。紀元前から存在し、20世紀だけで3億人もの命を奪ったといわれる感染症を、国際社会の努力とワクチンの力で根絶したのです。

この成功も後押しとなり、はしかやポリオ、ジフテリアといった命を脅かすほかの病気から子どもたちを守る予防接種プログラムが世界的に展開され、80年代、予防接種率は大きく向上していきます。

世界最大のワクチン供給者

ユニセフのさまざまな活動のなかで、もっとも成果をあげてきた活動のひとつが予防接種です。ポリオ、はしかからエボラ出血熱まで、現在20以上の病気に対して、感染や重症化を防ぐワクチンが開発されています。1990年に年間1250万人だった世界の5歳未満児の死亡数は、2021年には500万人まで減少。この前進に大きく貢献したのが、子どもの命を奪う病気を予防するワクチンの開発と普及です。

コロナ禍のベネズエラでBCGの予防接種を受ける10歳のパウリナさん(2020年)
© UNICEF/UNI347498/Urdaneta

ユニセフは、世界最大のワクチン供給者として、2022年、定期予防接種のためのワクチン24億回分を世界の5歳未満の子どもの45%に届けました。また、新型コロナウイルス感染症ワクチン9億7790万回分を供給。政府、民間企業、NGO、その他の国連機関とともに、地域社会へ働きかけ、ワクチンを調達し、支援が届きにくい遠隔地に暮らす人々も予防接種が受けられるよう、世界100カ国以上で活動しています。こうした支援によって、毎年、推計200万〜300万人の子どもたちの命が感染症から守られています。

パンデミックの影響

一方で、新型コロナウイルス感染症の影響により、子どもの予防接種率が過去30年ではじめて大きな後退を見せたのも事実です。新型コロナウイルスの世界的大流行(パンデミック)に襲われた3年のあいだに、子どもへの定期予防接種の取り組みにおけるここ10年以上分の成果が失われました。ユニセフの推計では、2019年から2021年にかけて、6700万人の子どもが予防接種を完全に、または部分的に受けられなかったと推定されます。パンデミックがもたらした混乱によって、多くの国と地域で子どもの定期予防接種が中断し、予防接種率は2008年以前の水準にまで後退してしまったのです。

小児麻痺とも呼ばれるポリオは、国際社会が数十年にわたる努力を続け、根絶まであと一歩の段階にあった感染症です。しかし、2019年から2021年までの3年間をその直前の3年間と比較すると、ポリオによって麻痺を生じた子どもの数は8倍に増加。2022年以降は、10年以上感染者が出ていなかった国々で症例が相次いでいます。現時点で治療薬がないポリオは、重症化すると命を落とすこともあり、予防接種によってのみ防ぐことができます。

フィジーに空輸された約50万本のはしかワクチン(2019年)
© UNICEF/UNI231661/Stephen/Infinity Images

はしかも、過去2年間で発生件数が2倍以上に増えました。感染力が強く、予防接種率が少しでも下がると集団感染のリスクが高まります。日本ではまず死に至ることのない病気ですが、途上国では幼い子どもたちの主な死亡原因のひとつです。2023年には、30カ国以上で流行しました。しかし、はしかはワクチンを接種することでほぼ完全に予防できます。

予防接種率の低下による危機から子どもたちを守るため、ユニセフは、WHOやGAVIワクチンアライアンス、ビル&メリンダ・ゲイツ財団などの国際的なパートナーともに「The Big Catch-up」(大きく取り戻す)をかけ声に、2021年に接種を受けられなかった子どもたちの4分の3が住む20カ国(*1)に特に焦点を当て、予防接種率をコロナ禍よりも前の水準に戻すための世界規模の取り組みを推進しています。対象国のひとつ、ブラジルで活動するユニセフの若林真美 保健専門官(*2)に話を聞きました。

*1…2021年に予防接種を受けられなかった子どもの4分の3が住んでいる20カ国は、以下のとおり。
アフガニスタン、アンゴラ、ブラジル、カメルーン、チャド、朝鮮民主主義人民共和国、コンゴ民主共和国、エチオピア、インド、インドネシア、ナイジェリア、パキスタン、フィリピン、ソマリア、マダガスカル、メキシコ、モザンビーク、ミャンマー、タンザニア、ベトナム(アルファベット順)

*2…ユニセフ・ブラジル事務所の若林保健専門官は本号「face」コーナーにも登場します。ぜひご覧ください。

ブラジルの大規模プロジェクト

「2022年時点で、ブラジルには、生まれてから一度も予防接種を受けたことがない『ゼロ接種』の子どもたちが約43万人いました。これは世界で8番目に多く、ラテンアメリカ地域では最大です。2015年以降、5歳未満の子どもの定期予防接種率が低下していて、パンデミックでさらに悪化しました。

ユニセフ・ブラジル事務所にて日本からの関係者を受入れ。若林保健専門官は写真左
© Mami Wakabayashi

2020年、ユニセフ・ブラジル事務所は予防接種率低下の要因を特定するための定性調査を実施し、その結果をもとに『積極的予防接種推進戦略(BAV:ポルトガル語でBusca Ativa Vacinal)』を策定。2022年11月から国内で順次導入しています。これは、〈分野横断的なアプローチ〉を通じて、予防接種が遅れている子どもや未接種の子どもを特定して予防接種につなげていくものです。そしてこの〈分野横断的なアプローチ〉こそ、ユニセフだからできる施策のひとつです。

ユニセフには、保健、教育、子どもの保護などさまざまな部門がありますが、各部門が国や自治体の保健省や教育省などと連携を取っており、さらにユニセフ内でも各部門が連携を取っています。この相互にわたる連携関係を活かすことで、教育部門が管轄する学校や幼稚園であっても、保健分野の施策である予防接種キャンペーンを展開することができたり、地域の集会所など人が集まりやすい場所を選んで臨時の予防接種会場にすることができたりします。

また、学校や保育園、社会福祉センターで予防接種をしていない子どもを発見した場合には、すぐ保健部門と連携し、予防接種情報システムと照合のうえ、保護者に連絡をしたり、予防接種をするために子どもの自宅を訪問したりすることができます。

定期巡回する医療チームを迎える河川沿いの家の子どもたち(ブラジル)
© UNICEF/UN0846682/SEE CREDIT NOTE

ブラジルは行政部門同士の壁が高い傾向にあり、こうした部門をまたいだ施策を進めるのは容易ではありませんが、ユニセフのような仲介者が連携体制をつくるよう行政に働きかけることで、子どもたちを効果的に予防接種につなげる〈分野横断的なアプローチ〉が可能になっているのです。

たとえば、ワクチンで予防可能な感染症の再流行が心配されていたブラジル北東部のバトゥリテ市では、市内各地の学校、幼稚園、集会所などさまざまな子どもが集まりやすい場所に保健員を派遣して接種をおこなうなど、BAVにより2022年にMMRワクチン(はしか、おたふく風邪、風疹の混合ワクチン)で95%の予防接種率を達成することができました。

黄熱病ワクチンの接種がおわり、笑顔を見せる4歳のサミュエルくん(ブラジル)
© UNICEF/UNI408808/SEE CREDIT NOTE

また、BAVは、戦略の一環として、子どもたちの予防接種の有無を把握するための基幹となる行政の予防接種情報システムを更新するサポートや、事業の核となる現場で働く各部門の専門家に予防接種事業のトレーニングを、オンラインと対面形式で提供しています。

2023年11月時点で、BAVは社会経済的に脆弱な状況にある子どもたちが集中しているアマゾンや北東部、都会の貧困地域を中心に1521の自治体で展開されています。予防可能な感染症のリスクに無防備にさらされている『ゼロ接種』の子どもを減らすため、オンライントレーニングコースを修了した約1万8千人の専門家が現場で活躍しています」と若林専門官は話します。

コールドチェーン

ワクチンは熱に弱く、一定の温度を超えると使えなくなるため、「コールドチェーン」と呼ばれる保冷運搬網が不可欠です。ユニセフが調達し、世界各国へ出荷されるワクチンは、都市部の病院から冷蔵されたまま各地の保健センターに届けられ、運搬用の箱に詰め替えられて、目的地まで運ばれます。

若林専門官によると「ブラジルでは、たとえばアマゾン州はたいへん広大なため、各保健センターからさらに奥地の村にワクチンを届けるには、船を使って川を移動し、さらに密林を歩いて1日がかりで保健員が運んでいます。関係者が協力して、何カ所もの村へ、その作業を繰り返します」とのこと。ブラジルに限らず、アジアやアフリカなど、世界中でこのような活動が行われています。それを可能にしているのは、ユニセフが半世紀以上にわたって築いてきた保健拠点や保健員のネットワーク、そしてなにより地域の人々の「子どもを守る」という強い意志です。

誤情報との闘い

予防接種率が低下した要因のひとつに、ワクチンに関する不正確な情報が人々に予防接種を躊躇させていることも挙げられます。たとえば、撲滅一歩手前まできていたポリオは、数年前、当時のポリオ常在国2カ国のうちのひとつであったパキスタンで、ポリオの予防接種を受けた子どもたちが病気になったという偽の動画がソーシャルメディアで広がり、数百万人の子どもたちに予防接種をおこなう全国規模の長年の取り組みが頓挫してしまいました。

ポリオ予防接種キャンペーン期間中、オンラインでワクチンの啓発活動を支援する若者たち(セネガル)
© UNICEF/UN071620wvw6/

こうしたワクチンに関する誤情報の拡散を防ぐため、ユニセフは2021年に「デジタル・コミュニティ・エンゲージメント(DCE)」という仕組みを立ち上げました。DCEは、公衆衛生、オンライン上の情報分析、広告、コンテンツデザイン、インフルエンサーマーケティングといった各分野の専門家からなるグローバルチームが中心となり、ワクチンに関するオンライン上の誤情報を追跡し、対応する正確なメッセージを作成。ユニセフの各国事務所やオンライン上で協力してくれるボランティアに働きかけて、誤情報が広まる前にその情報を迅速に打ち消す取り組みです。

若林専門官によると、ブラジルでは、1万5千人以上ものユースボランティアがユニセフのSNSを通じて自分たちが作成した動画やブログ等を配信し、ワクチン啓発活動に参加しています。こうした時代に合わせた取り組みにより、各国はワクチンに対する信頼を築きながら、予防接種活動に励むことができます。

すべての子どもに予防接種を

新型コロナウイルスのパンデミックがもたらした予防接種事業の歴史的な後退に対処するべく、各国の取り組みがこのように強化されたおかげで、2022年は前年よりも400万人以上多くの子どもに予防接種を行うことができました。しかし予断を許さない状況はまだ続いています。2023年末には、欧州と中央アジアで確認されたはしかの症例は3万601件で、2022年の通算909件から大幅に増加したという報告もありました。

これからもユニセフは、国際社会から国・行政、そして地域の保健員をはじめとする現場で懸命に働く人々と連携しながら、すべての子どもに予防接種を届けるため、支援を続けていきます。