vol.284 2025 winter
児童婚の弊害を描いた壁画。モザンビークの小学校で地元のアーティストによって描かれました
© UNICEF/UN0617705/Pedro

特集

幼すぎる花嫁

その未来を摘まないために

国際社会では長らく男女の平等が訴えられてきました。
近年ではSDGsに「ジェンダー平等」が掲げられ、
そのための取り組みが世界中で展開されてきました。

しかし、人生の可能性を奪われ、
苦しみ続けている女の子たちが今なお多くいます。
根強い慣習にとらわれた社会で差別や偏見を受けて
生きざるえない女の子たちです。

今回は18歳未満で結婚させられる「児童婚」
幼すぎる花嫁の問題を中心にお伝えします。

5歳の花嫁

「ファルファナちゃんもお茶を飲む?」

母親のナスリンさんが声をかけると、5歳の女の子は笑顔でうなずき、父親カリムさんの横にちょこんと座りました。

アフガニスタンの冬は寒く、夜間気温はマイナス15度まで下がります。一家が住む土壁の家は一部屋きり。残り少ない薪を節約して暖房はありません。唯一ぬくもりをえられるのは、茶葉を数枚入れたお湯だけ。テーブルを囲んだ家族は時折、ほとんど味のしないそのお茶をすすります。

父カリムさんのとなりで、お茶を飲もうとするファルファナちゃん
©UNICEFAfghanistan/2022/Bidel

畜産業を営んでいたカリムさんは、すこしでも家族に良い暮らしをさせたくて事業の拡大を図って失敗。多額の負債を抱えました。返済の見通しが立たず、借金取りのきびしい催促に身の危険を感じた一家は夜逃げ。命からがらたどり着いた国内避難民キャンプで生活をはじめてもう一年になります。

そんなある日、家のドアがはげしく叩かれました。借金取りに居場所をついにつきとめられたのです。しかしキャンプ内に仕事はなくカリムさんに返済資金はありません。「返せないなら、代わりに娘を花嫁として差し出せ」。借金取りは冷たく押し殺した声で要求しました。

「心が引き裂かれるようでした。でもあの場では同意するしかなかった。そうでもしなければ、家族が殺されると感じました」とカリムさん。幸いというべきか、あいにくというべきか、妻のナスリンさんはそのとき出かけていて、身も凍るようなその話を知りませんでした。

母ナスリンさん(中央)と祖母(右)、ファルファナちゃん(左)
©UNICEFAfghanistan/2022/Sherzai

カリムさんはすぐに、隣国イランに不法入国までして仕事を探そうとしました。しかしうまくいかず、さらにわるいことに急性虫垂炎にかかり、無理がたたったのかそれが破裂してしまったのです。動けなくなってしまったカリムさんの治療費もかさむなか、一家は妻ナスリンさんのパート代が唯一の生活の糧という状況に。そこへふたたび借金取りがあらわれました。ナスリンさんはそのときはじめて、取り決めについて知らされ、叫びました。

「花嫁として差し出せですって! ファルファナはまだ5歳よ! 娘なしでは生きてなどいけない!」

怒号も飛び交う緊迫した状況になり、騒ぎを聞きつけたキャンプ内の「子どもの保護委員会」のメンバーがやってきました。この委員会はユニセフの支援で設立され、キャンプで暮らす子どもたちの福祉や保護の問題に取り組んでいます。委員である地域の長老やリーダーがナスリンさんと借金取りの間に仲裁に入り、なんとか説得に成功。借金取りは引き揚げました。ただ、いつまた戻ってくるかしれず、夫婦の眠れない夜は続いています。

事件以来、ユニセフはファルファナちゃん家族と密に連携しています。ナスリンさんが仕事に出ているあいだ、彼女と2歳の弟はユニセフが支援する「子どもにやさしいスペース」で過ごし、衛生キットや冬用の服、毛布なども受け取り、定期的に無料の医療サービスを受けています。ファルファナちゃんの一件は、負債も絡んだむずかしい問題ですが、幼すぎる花嫁を出さないために、ユニセフは今後も支援を継続していきます。

ファルファナちゃんと2歳の弟
©UNICEFAfghanistan/2022/Sherzai

なお今回、児童婚を未然に防いだ子どもの保護委員会は、定期的に会合を開き、児童婚や子どもへの暴力の防止、女子教育など、キャンプ内の子どもの権利侵害に関するさまざま問題に取り組んでいます。ユニセフはサポートに徹し、住民主体の持続性のある取り組みが活発におこなわれています。

アフガニスタンでは、ファルファナちゃん一家は特別な例ではありません。長きにわたった紛争と2年連続で起こった大規模地震、さらに伝統的な価値観と女子の中等教育を禁止する政権の方針などの影響によって、多くの家庭が児童婚を経験しています。根本的な原因のひとつは貧困です。しかし貧困の負の連鎖は、子どもたちが潜在能力を発揮し、みずからの未来を切り拓くことで断ち切ることができます。未来の可能性を摘んでしまう児童婚は終わらせなければなりません。子どもたちの可能性を信じ、カリムさんはいいます。

「ファルファナには学校に通い続けてほしい。子どもたちに今よりも良い未来を切り拓いていってほしいんだ。だって彼女はいつか、医者にだってなれるかもしれないから」

そして自身も早くに結婚した経験からナスリンさんが続けました。

「娘を、幼すぎる花嫁にしたくないんです」

玩具代わりのペンとノートでお絵描きするファルファナちゃん
©UNICEFAfghanistan/2022/Sherzai

世界的な現状

児童婚は、ユニセフをはじめとする国際社会の取り組みによって、世界的には減少し続けています。20~24歳の若い女性で児童婚をしている割合は、10年前は4人に1人でしたが、現在は5人に1人まで減少。ただ、確実に減ってはいるものの、進展は不均一で、貧困や差別などで最も弱い立場にある女の子たちが取り残されています。SDGs達成期限の2030年まで残すところ5年となりましたが、目標5「ジェンダーの平等」に掲げられたターゲット3「児童婚の根絶」の達成には大きく遅れをとっています。このままでは児童婚の根絶までにあと300年かかるとみられています。

性的暴行を受け、加害者男性とそのまま強制的に結婚させられていたイレーネさんは15歳のとき周囲の支援で救い出された(ウガンダ)
© UNICEF/UN0297700/Adriko

世界全体では、6億4000万人の女の子と女性が児童婚を経験していると推定されています。そのほぼ半数(45%)が南アジアに住んでおり、さらにインドだけで世界全体の3分の1を占めています。次に多いのがサハラ以南のアフリカ(20%)。次いで東アジア・太平洋(15%)、ラテンアメリカ・カリブ海諸国(9%)です。ただ、南アジアの減少はめざましく、過去10年で児童婚はほぼ半減。一方で2050年までに人口が倍増するとみられているサハラ以南のアフリカでは、児童婚のリスクが高まり続けています。現状約3人に1人が18歳未満で結婚していますが、このままでは人口増加のペースに押され、現在の南アジアに迫る勢いまで増加するとみられています。

児童婚が奪うもの

児童婚がいかにして子どもたちから未来を奪うのか、もう少し詳しくみてみましょう。児童婚の弊害には次の4つの側面があります。

学習機会を奪う

子どもが結婚すると、ほとんどの場合、学校に通えなくなります。女の子は家事や家族の世話を優先するようにプレッシャーをかけられ、男の子なら家族を支えるために働くことが期待されるからです。中退してしまうと、知識や能力を身に付け、夢を追いかける機会を失います。その結果、安定した仕事に就き、自分と家族が貧困から抜け出す未来を築くこともむずかしくなります。また、教育を受けていない未成年の妻たちは経済的に夫に依存せざるえなくなり、貧困と依存の悪循環に陥ってしまうのです。これを国単位でみると、若者のエネルギーやアイディアを社会的・経済的に活用できる代わりに、貧困の連鎖に苦しむ子どもたちの支援にさらに多くの資金を費やすことになります。

命と健康を危険にさらす

児童婚をした女の子たちの4分の3は18歳未満で出産しています。しかし彼女たちの体は多くの場合、まだ妊娠の準備ができていません。そのため、流産、死産、合併症が起きる可能性が高くなります。生まれてくる命だけでなく、母体である女の子たちの命と健康も危険にさらします。

児童婚させられそうになったものの、ユニセフなどの支援で回避することができた15歳のサビーナさん(バングラデシュ)
© UNICEF/UN0432559/Bronstein

家庭内暴力のリスク

18歳未満で結婚した女の子たちは、夫から身体的、性的、精神的虐待を受ける可能性が高まります。まだ若い妻たちは家庭内での立場が弱く、夫と交渉する力も備わっていないことが多いからです。彼女たちは性的な要求を含めて拒否することができず、まだ成長しきっていない体と心に大きな負担がかかります。

孤立し自信を失う

児童婚した妻は夫の支配を受けることが多くなります。実家の家族を含め、他人との交流が許されず、婚家に閉じ込められ、子どもの世話をし、夫やその家族のために家事をこなさなければならない生活に陥りがちです。家庭内での精神的・身体的な虐待もともないやすいこうした孤立が、女の子に無力感や絶望感を感じさせ、うつ病や睡眠障害を引き起こします。なかには悲観的になり自殺してしまう女の子もいます。さらに、こうして夫の支配と依存が根深くなってしまうと、無意識にその価値観を娘へと引き継いでしまうことも起こります。その結果、世代をまたぐ児童婚と依存の負のサイクルが生まれてしまうのです。

ロヒンギャ難民キャンプで開かれたビデオ撮影・編集講座で、子どもの花嫁の悲しみを訴えようとポーズをとるミナラさん12歳(バングラデシュ)
© UNICEF/UNI407832/Mawa

児童婚は根深い男女不平等の結果であることが多く、女の子たちが不釣り合いに未来を奪われ続けています。ちなみに、世界的にみると、男の子の児童婚の割合は、女の子の6分の1にすぎません。

終わらせるために

児童婚の要因は国や文化によって異なります。現在の日本ではなかなか想像しづらいですが、世界には家計の負担軽減のため、あるいは、結納金(お金に限らず家畜や土地の場合もあります)目当てに早すぎる結婚をさせる家族がいます。また、「花嫁になり家庭に入ることが女性として最も安全で堅実だ」という価値観から、娘のためを思い、将来を保証し安全を守るために児童婚させる家族もいます。このように児童婚の根源には、貧困と性別による社会的役割の固定観念が横たわっているのです。児童婚を終わらせるために、ユニセフはこうした要因に対応する次の支援をおこなっています。

❶ 女の子への就学支援と性教育の提供
❷ 児童婚のリスクについての啓発活動
❸ 家族への経済的支援
❹ 法律と政策を整備する支援

❶について、ユニセフは、国連人口基金(UNFPA)と共同で取り組んでいる『児童婚を終わらせよう-行動促進のためのグローバル・プログラム(国際的支援)』を通じて、これまでに2100万人以上の女の子にライフスキルの習得機会と性教育、就学支援をおこなってきました。

❷の取り組みについても、160万人以上の地域のリーダーたちを児童婚をなくすための話し合いと合意形成に関与させたほか、さまざまなメディアを通じて1億3500万人以上の人々に児童婚の弊害やジェンダー平等に関するメッセージを伝えました。その結果、娘を結婚させるよう周囲から親にかかる社会的圧力は、2019年の53%から2023年には43%に減少。児童婚をやめることでえられるメリットについての認識も、2019年の44%から2023年には64%に増加しました。そしてなにより、「結婚するかどうかの最終決定は女の子自身がおこなうべき」と考える親が、2019年の8%から2023年には50%に大幅に増加しました。

❹についても、世界的なアドボカシー(政策提言)活動の結果、児童婚撲滅のための行動計画を持つ国の数は、2018年の7カ国から2023年には33カ国に増加しています。

ユニセフの支援により、児童労働と児童婚から逃れた15歳マダマルさん(左)(インド)
© UNICEF/UNI88837/Macfarlane

児童婚を終わらせるまでの道のりはまだまだ長く、険しいものがあります。しかしファルファナちゃんの事例のような支援は世界中でおこなわれており、そのひとつひとつが積み上がることで、大きな成果があらわれてきています。幼すぎる花嫁にさせられ、女の子の未来の花が摘まれてしまわぬよう、ユニセフはあきらめず、これからも支援を続けていきます。