医療用品の開発…ユニセフの物資調達局(本部コペンハーゲン)は、医療用品をはじめ、支援現場の必要に合わせた支援物資の開発にも取り組んでいる。
世界では今も、適切な処置を受けることができれば助かったはずの母親と新生児の命が失われています。適切な治療や処置をより安定的に提供するために、新しい技術の力は有効です。ユニセフはすべての母子の命を守るため、物資調達局を中心に医療用品の開発・普及にも取り組んでいます。今回はそのうちの2例をご紹介します。
毎年、世界ではおよそ30万人の妊産婦が出産時に命を落としており、その原因の4分の1は、分娩後の異常出血です。出産から24時間以内に体内の血液量が著しく減少(500㎖以上の出血)すると、心臓や肺、脳などに十分な酸素が供給されず、ショック症状に陥り、最悪の場合、命を落とします。
この出産時の緊急事態に対応するために開発されたのが、非空圧式抗ショック衣(Non-pneumatic anti-shock garment=NASG)です。6つの加圧ベルトから成る装着具で、異常出血が見られる妊産婦の下腹部や下肢をベルトで圧迫することで子宮への血流を減らす一方、心臓や脳などの器官に血液を循環させ、ショック症状を防ぎます。通常なら30分で失血死してしまう状況でも、NASGを装着することで最大48時間、妊産婦の命を守ることができます。
適切な処置ができる医療施設への搬送に時間を要する地域では、この応急対応は特に有効です。エジプト、インド、タンザニア、ザンビア、ジンバブエで行われた臨床試験では、異常出血による妊産婦死亡率と重症化率が平均63%減少しました。また、NASGは最大約150回まで再利用できるため、患者1人当たりの処置にかかる費用がわずか50セントと、費用面でも優れています。
パプアニューギニアのへき地に暮らすスーザンさんは、双子の出産時に異常出血を経験しました。最寄りの病院までは車で約4時間。NASGを装着され、その間に搬送されたおかげで一命をとりとめました。「これがなかったら助からなかったかもしれません」と振り返ります。
すでに11カ国がユニセフを通じてNASGを導入しています。
あらゆる感染症のなかで、もっとも子どもたちの命を脅かしているのが肺炎です。毎年20万人の新生児が命を落としています。
重症の肺炎の治療では、酸素投与が患者の生死を左右することがあります。しかし、設備が整っていない医療施設では、必要十分な量の酸素を生成することがむずかしい場合があります。2020年には、年間420万人の子どもたちが、肺炎に罹患しても酸素投与を受けられなかったと推計されています。
こうした状況を受け、ユニセフが医療機器業界と協力して開発を進めたのが、医療用酸素生成ユニット(Oxygen Plant in-a-box)です。
医療用酸素を大量生成するのに必要なあらゆる機器をひとつにまとめたユニットで、導入される医療施設には、メンテナンスやスタッフの研修もセットで提供されます。設備や人員に限りのある医療現場を想定して設計されており、標高2000メートル、摂氏45度といった厳しい環境でも使用可能。到着から数日で稼働できるのも強みです。ひとつのユニットで、同時に100人以上の子どもに24時間体制で酸素を投与することができます。
かつてトラックで5時間かけて酸素ボンベを運び入れていたウガンダのある病院は、ユニット導入後、院内で医療用酸素を生成できるようになりました。重度の肺炎と診断されたシャドラックくんも、このユニットで命をつなぐことができた子どものひとりです。「いつでも酸素が手に入るようになり、輸送費用の削減にもつながった」とこの病院の医師は語ります。
医療用酸素生成ユニットは、2022年末現在、34カ国の110を超える医療施設への導入が決まっています。
命と健康を守るために適切な治療や処置を受けられることは、すべての母親と子どもの権利です。スーザンさんやシャドラックくんが幸運な例であってはなりません。ユニセフは今後も官民の様々なパートナーと協力し、現場のニーズに合わせた医療用品の開発と普及に取り組んでいきます。
NASGは、米国航空宇宙局(NASA)が宇宙飛行士のために開発した耐Gスーツ(船内服)が基となって誕生しました。耐Gスーツは、急加速時などに宇宙飛行士の四肢を圧迫して脳への血流を促進し、失神のリスクを軽減します。この技術が分娩後の異常出血に初めて応用されたのは1969年。NASAエイムズ研究センターが受けた「産後の出血に苦しむ地元の女性を助けてほしい」という1本の電話がきっかけでした。研究チームは、耐Gスーツを使って女性の下半身を圧迫するよう提案し、女性はスーツ着用から10時間後に回復し始めました。それから半世紀が経ち、NASGは、ユニセフなど複数の国連機関が共同で作成する「生殖、妊産婦、新生児、子どもの健康に不可欠な介入のための医療機器リスト」に含まれています。