就学前教育…子どもが小学校に入学するより前に通う幼稚園・保育所などで行われる教育の総称。一般的には「幼児教育」とも呼ばれる。
2022年に発表されたユニセフの推計では、世界の10歳児の3分の2が、簡単な文章を理解しながら読むことができなくなっていることが明らかになりました。コロナ禍によって表面化したこうした学習危機を解決する手段としてあらためて注目されているのが、「就学前教育」です。
SDGsでも目標4において「すべての子どもが質の高い乳幼児ケアと就学前教育を受け、初等教育を受ける準備が整うようになること」が掲げられていますが、多くの国において、就学前教育の重要性に対する認識は依然として低いままです。世界では就学前教育を受けるべき年齢の子どもの約半数、1億7500万人が就学前教育を受けられていません。また、低所得国で就学前教育を受けている子どもはわずか5人に1人です。
これまでの調査や研究から、就学前教育のさまざまな効果は明らかになっています。幼児期は脳が発達する大切な時期。この時期に好奇心を満たす刺激や知識、そして情緒や社会性の発達につながるケアと教育を受けることで、人はその後の人生で生まれ持った大きな可能性を最大限に発揮することができるようになります。
2019年に西・中央アフリカ各国で行った調査では、就学前教育を受けた子どもは受けていない子どもと比べ、小学校で最低限の読み書きや計算を身につけられる確率が高いことがわかりました(下図)。さらに、58カ国のデータを分析したところ、就学前教育の就学率が10%増加すると、小学校卒業までに最低限の読み書きと計算を身につけることができる割合が平均で5%増加する傾向があることも明らかになりました。就学前教育には、学齢期以降の学習成果を向上させる効果があるのです。
加えて、就学前教育を受けた子どもは学校を留年、中退するリスクが減少し、小学校を修了する可能性が高まることもわかっています。就学前教育は、子どもたちが将来的に学校教育を受け続けていくための礎にもなる大切な教育なのです。
ではなぜ、就学前教育を受けられない子どもたちがいるのでしょう。前出の調査では、家庭の収入、母親の学歴、居住地などが、子どもの就学率に影響を与えることがわかっています。低所得国では、最富裕層の子どもが就学前教育を受けられる割合は、最貧困層の子どもの8倍。中等教育を修了している母親の子どもは、そうでない母親の子どもに比べ、平均5倍、都市部に住む子どもは農村部に住む子どもに比べて2.5倍、就学前教育を受ける確率が高いことも明らかになっています。
SDGsが掲げる「質の高い就学前教育の普及」の実現には研修を受けた質の高い教員が不可欠ですが、教育予算が不十分なため、その数は著しく不足しています。教員1人に対し子ども20人と仮定した場合、2030年までに全世界で新たに930万人の就学前教育の教員が必要になります。
しかし、世界各国の教育予算における就学前教育への割り当ては平均6.6%にすぎません。4割近くの国では2%未満でした。ユニセフは、国の教育予算の少なくとも10%を就学前教育に充てるよう各国政府へ働きかけを行っています。
2000年以降、モンゴル、ネパール、エチオピアなど就学前教育が大きく普及していった国がありますが、共通しているのは、就学前教育が国の重要政策として位置づけられたこと。予算が不足するなか、限られた数の子どもに2~3年間の就学前教育を提供する代わりに、その期間を1年に短縮して、立場の弱い子どもを含むより多くの子どもが就学前教育を受けられるよう仕組みを変えた国もあります。
普及のための課題は国や地域でさまざまですが、決して乗り越えられないものではありません。ユニセフは、すべての子どもが教育において公平なスタートを切ることができるよう、世界129カ国において就学前教育の支援を行っています。
モンゴルの都市部を離れると、今も伝統的な遊牧生活を送っている人々がいます。季節ごとに住む場所を変える遊牧民の子どもたちに就学前教育を提供することは難題でした。そこで取り入れたのが、「ゲル」と呼ばれる大型テントを使った移動式の幼稚園です。20人〜25人の子どもを収容できる「ゲル幼稚園」は、主に夏季の6月から7月に21日間“開園”します。この時期、都市部にある幼稚園が夏休みに入るため、休暇中の現役の幼稚園の教員を活用することができます。僻地に住む子どもや障がいのある子どもなど、弱い立場の子どもたちに重点をおくモンゴルの政策は、教育予算の20%以上を就学前教育に充てています。