report
背中を押してくれた出来事・人・エピソード
昨年、本誌デジタル版の読者アンケートを通じて「ご寄付のきっかけとなったあなたのストーリー」を募集したところ、「ユニセフ・マンスリーサポート・プログラム」にご参加いただいている皆さまから予想をはるかに上回る100通以上のストーリーをお寄せいただきました。
想いを届けてくださった皆さま、本当にありがとうございました。
胸に秘められたご寄付にまつわる想いや至極のエピソードの数々―その中から一部をご紹介いたします。
あなたはなぜ、定期的にご寄付をされようと思い立たれたのでしょう。当時の想いや、具体的に背中を押した出来事、身近にいたお手本となる人物とのふれあいの経緯など、「あなたのストーリー」をお聞かせください。
戦後、日本も両親も貧困を乗り越えようと必死で働いていた事を覚えています。脱脂粉乳を給食で頂いた事うっすら覚えています。その脱脂粉乳はユニセフからの援助支援だったと知り感謝しかありません。裕福ではありませんが、少額マンスリーをさせていただいています。
私たち夫婦には子どもがいないので世界の子どもに何か残せたらと思ったから。
私自身独身で子どもはいません。しかし今後の世界をいいものにしていくのは子どもたちです。十分とは言えないですが少しでも支援になればと毎月応援しています。
我が子を亡くし自分も病気をしたことにより、今後の人生をかんがえました。
私は親がなくて育ったので、高校は定時制、大学・大学院は通信で学びました。少しでも子供たちが育つ環境に役立てばと思っています。
大学時代に「ユニセフ青年の翼」のメンバーに選ばれ、東南アジアに行かせていただいたのが最初のご縁でした。その後、母の死をきっかけに、何かはっきりした善意の貢献もしたいと思ったのがきっかけです。
小さい時貧乏で子供の頃少し嫌な記憶があるから。欧米と比べて日本は寄付の文化があまり根づいてなくておかしいと思ったから。
私は医師で、若いころ、海外で困った子供たちなどの為などに働きたいと思っていましたが、体調を崩して断念したため。
高校時代に、将来は国連機関の関係の仕事で国際的に活躍したいと思っていた。その夢は実現できずに定年まで民間の仕事に明け暮れてきた。「これから何を」という時に若いころの夢を思い出した。
始めたのはまだ30代の頃で、自分で活動する時間がなかったため
サラリーマンでも少しでも世界の平和の力になりたかった!
ひと月程入院したときテレビでマンスリーサポートのことを知りました。自分の回りのことだけで、精一杯だった自分でした。ほんの少ししかできていませんが、ごめんなさいの気持ちです。
この世に生まれて大変な生活をしている世界中の子どもたちを思うとき、自分がどれほど恵まれているかという感謝の気持ちからです。一人の力では足りないので、人数が増えることを願っています。
今まで、みんなに支えられて、生きてきたから。
第一子を出産した際、日本で出産できてよかったと心の底から思いました。同時にアフリカ等設備の整っていない場所での出産や子育て、ちいさな命が失われた時のお母さんの気持ちを思うと、少しでも手助けしたいと思うようになり始めました。
子育て中、自分の子ども以外の子どもにも関心を持ちたかった。そして自分のできる範囲で世界の子どもたちを支援したいと思った。
娘に子どもができ、私も孫ができる身になってテレビで小さな子の映像を目にし、この子達にも暖かい未来があって欲しいと思ったから。
亡父の遺品を整理していてユニセフからのDMを発見。丁寧に保管していたのは何らかの意思または興味があったのかと気になったから。
他界した妻が国際的に関心が高い人で、ユニセフに寄付をしたことがありました。その遺志を継いで、マンスリーサポートを始めました。
祖父の家を掃除しているときに銀行の通帳を見つけ、祖父がユニセフに寄付していることを知った。祖父に対して私はあまり良い関係を築こうとしなかったが、(祖父が)認知症になってから気持ちに変化が生じ、祖父の思いを引き継ぎたいと、できるだけ、やれるだけ寄付を続けていこうと思った。
留学生が地域に毎年来て、海外の事情に興味を持ったので。
職場の先輩が郵貯口座を持っていて、どうして郵貯なんですか、と尋ねると、ユニセフに毎月送っているとのこと。「自分で世界の子どもたちに直接、食べ物や薬などを届けたいんだけれど、実際はできない。だからユニセフに毎月送金しているんだ」と。私はユニセフも知りませんでした。すぐに活動を調べ、マンスリーサポートの手続きをしました。
仲良くしている方のお父上がマンスリーサポーターをされている事を知り、大変尊敬出来るお父上でしたので私も続けてみようと思いました。
こちらから、またはユニセフニュース278号に同梱の用紙にて、ぜひあなたのストーリーをお寄せください。