vol.277 2023 spring
ユニセフが支援する学校で授業を受けている子どもたち(2021年、エチオピア)
©UNICEF/UN0539162/Leul Kinfu

特集

回復のその先へ

世界の教育危機

新型コロナウイルスの感染拡大による3年間にわたる「コロナ禍」は、
感染拡大〈前〉と〈後〉で分けられるほど
私たちの暮らしに変化をもたらしました。

なかでも子どもたちの生活や心身の成長に与える影響は甚大でした。

今号では世界の教育の現状から、
コロナ禍によって損なわれたものを見つめ、
そこからどう回復していくか、
そしてその先へどう歩みを進めていくのかを考えてみたいと思います。

コロナ禍の影響

この3月、新型コロナウイルス感染症のパンデミック(世界的大流行)が宣言されてから3年が経ちました。いわゆる「コロナ禍」の期間を振り返るとき、感染拡大防止のためにさまざまな経験の機会や学びの場を制限されたマスク姿の日本の子どもたちが脳裏に浮かぶ方も多いのではないでしょうか。休校、オンライン授業の導入、行事やカリキュラムの中止・変更……。学校現場は急激な変化を迫られ、その波に翻弄され続けた子どもたちは、自分たちでは選びようもなく子ども時代を変容させられました。

世界に影響を与えたコロナ禍は、日本のみならず、あらゆる国の教育現場と子どもたちに暗い影を落としました。もともと教育体制が十分に整っていなかった低中所得国のなかには、学校閉鎖や学習の中断が1年以上続いた国もあります。コロナ禍の影響で、世界の教育現場が以前から直面していた危機が一気に深刻化したのです。

コロナ対策のため、教室の外で授業を受ける子どもたち(ペルー)
©UNICEF/UN0359479/García

世界的な教育危機

30人の10歳の子どもたちがいる教室を想像してみてください。子どもたちの瞳は学ぶことへの熱意に満ち、希望と可能性に輝いています。しかし、そのうちの20人以上は、学ぶ意欲があるにもかかわらず、黒板に書かれた簡単な文章を読んで理解することができません。そのため授業についていけず、さらに何人かは結局落ちこぼれ、二度と教室に戻らなくなってしまいます。

感染予防のため教室では互いに距離をおいています(ウガンダ)
©UNICEF/UN0579000/Wamala


これが、現在の世界で実際に起こっていることです。パンデミック以前から、世界の10歳の子どもたちの半数以上が簡単な文章を読んで理解することができない状況にありました。しかしパンデミック以降、状況はさらに悪化。昨年9月にユニセフが発表した報告書によると、コロナ禍による学校閉鎖以降、その数はさらに増え、世界の10歳児の3分の2近くが簡単な文章を理解しながら読むことができなくなっていることが明らかになりました。

小学校で授業を受ける女の子たち。6歳から12歳まで300人以上の女の子が学んでいます(スーダン)
©UNICEF/UN0741694/Zehbrauskas
避難民キャンプで補習授業を受ける女の子(イエメン)
©UNICEF/UN0717991/DotNotion

失われた2兆時間

コロナ禍による学校閉鎖で、どれほどの学習機会が世界規模で失われたのでしょうか。ユニセフが昨年3月に発表した報告書「子どもたちは本当に学んでいるの?(原題:Are children really learning?)」は、パンデミックおよびそれに伴う学校閉鎖が子どもたちに与えた影響に関する国別データと、パンデミック以前の子どもたちの学習状況とを比較分析しています。このなかで、パンデミック以降の2年間で、対面授業を半分以上受けられなかった子どもが1億4700万人いたことが指摘されています。時間にして2兆時間もの対面授業の機会が世界全体で失われたことになります。オンライン授業の環境が整わない国が大半のなか、先生や仲間と直接交流することができなければ、子どもたちの学習機会は大きく損なわれてしまいます。

ユニセフの支援で設立された教育センター。先生は2時間の道のりを毎日徒歩で通勤して子どもたちに教えています(アフガニスタン)
©UNICEF/UN0735446/Naftalin

教室へ戻れない

同報告書では、学校が再開した後も多くの子どもたちが学校に戻らなかったことも示されています。リベリアでは、昨年12月の学校再開時に公立学校の生徒の43%が戻りませんでした。南アフリカでは、2020年3月から2021年7月にかけて、学校に通っていない子どもの数が25万人から75万人へと3倍に増えました。ウガンダでは、学校が2年間閉鎖された後の昨年1月には、約10人に1人の生徒が学校に戻りませんでした。マラウイでは、中等教育における女子生徒の退学率が2020年から2021年にかけて、6.4%から9.5%に増加しました。ケニアでは、10~19歳の子どもと若者4000人を対象にした調査で、学校再開時に女の子の16%、男の子の8%が学校に戻らなかったことがわかりました。これらはいずれもサハラ以南のアフリカの国々です。

「学校が再開したときは本当に嬉しかった」と語るヴェロインカくん(マラウイ)
©UNICEF/UN0656821


学校に戻れなかった多くが、社会的にもっとも厳しい状況に置かれ、疎外されている子どもたちでした。こうした子どもたちは、学業に復帰できず、働かされたり、結婚させられたりして読み書きや基本的な計算ができないまま人生を歩む可能性が高く、学校を中心とした地域社会の支援ネットワークからも外れ、生涯にわたって貧困から抜けだせない可能性が高くなります。教育は本来、生まれた環境や男女の違いといった格差を是正し、乗り越えていくために必要なものですが、コロナ禍で教育の機会の偏りが深刻化したために、かえって格差を拡大し、固定化する要因になりかねないのが現状です。

ベトナム語の授業を受ける少数民族の女の子たち(ベトナム)
©UNICEF/UN0610407/Le Vu
教室で勉強する小学1年生(インドネシア)
©UNICEF/UN0735102/Ijazah

回復軌道に乗せる

今、世界の教育のあり方が岐路に立たされています。もう一度、回復軌道に乗せなければなりません。子どもたちには学ぶ意欲があり、現場の先生たちには熱意があります。昨年国連で開催された「教育の変革サミット」では、教育体制の再構築に向けた呼びかけに130カ国以上が応じました。コロナ禍という逆境を糧に、私たちは今、世界の教育を回復の軌道に乗せ、さらにパンデミック以前よりも進化した体制へと再構築していくスタート地点にいるといえます。

ユニセフは、コロナ禍以前に世界の就学率を着実に向上させてきた経験から、現在の教育危機を乗り越えるには、子どもたちに基礎的な力を身に付けてもらい、学び続ける機会を確保することが鍵だと考えています。ここでいう基礎的な力とは、読み書き・計算の能力と、感情のコントロールや他者との協働などの社会的スキルです。こうした力が土台となり、子どもたちは教育を継続し、より発展的な学力、創造性、コミュニケーション能力などを磨いていくことができます。

ユニセフの支援で教員研修を受け、石やビンの蓋を使って生徒たちに数え方を教えるアネッタ先生(ウガンダ)
©UNICEF/UNI210216/Adriko


状況を前進させるために、ユニセフは世界各国で取り組みを続けています。具体的には「すべての子どもに手を差し伸べ、学校に通ってもらう」「学習レベルを定期的に評価する」「基礎・基本の指導を優先する」「遅れをとりもどす補習学習などによる指導の効率化」「心理社会的な健康と福祉を向上させる」の5点を柱とする教育制度の改善を実施し、各国の政府や教育現場と日々調整を行っています(教育現場でのユニセフの取り組みの一例は、「face」でもご覧いただけます)。

ユニセフの支援を通じて学業に復帰し、さらにその先へ歩みつつある例として、エクアドルのロミーナさんをご紹介しましょう。

ロミーナさんの学業再開

新型コロナウイルスの流行が始まった2020年、ロミーナさん(14歳)は、現在暮らしているエクアドル沿岸部のマンタ市から135㎞離れた町で父と暮らしていました。住み込みの家政婦として働いている母とは別居していました。ある日、感染拡大防止のため学校が閉鎖。かねてから家計が苦しかったため、ロミーナさんはそのまま学業を断念して父と一緒に洗車場で働くことになってしまいました。当時のことを「学校に行けなくなってからは、自然科学を学んだり、蒸気や空気を使った実験をしたり、友達と遊んだり、話したりしていた頃がとても恋しかった」と振り返ります。

しかし2021年半ば、いとこのアンジーさん(23歳)の娘の誕生会でマンタ市を訪れたことでロミーナさんの人生は一変しました。パーティーの最中に何気なく「勉強ができなくてさみしい」と言ったところ、アンジーさんが「だったら私の家で暮らして、学校に通えばいいのよ」と言ってくれたのです。アンジーさんにはその時、こんな想いがありました。「ロミーナに勉強してもらって、将来は働いて自立した女性になってほしいと思ったのです。私は学校を卒業していないので、彼女には学力をつけてもらい、よりよい職に就いて自立した女性になるチャンスをつくってあげられればと」

学業に復帰することができたロミーナさん(右)と、それを支えたいとこのアンジーさん(左)
©UNICEF/UN0666718/Pin Mendez/AFP-Services


こうしてアンジーさんのもとへ引っ越してきたロミーナさん。2年近いブランクがあるなか、どうすれば学業を再開できるのか調べたところ、ユニセフ・エクアドル事務所と教育省が連携して実施している「教育平準化と加速プログラム(NAP)」に出会いました。NAPは、学業で遅れをとっている子どもや若者を支援し、退学を防ぐためのプログラムで、エクアドル国内18県で実施されており、8歳から18歳まで4364人の子どもたちが参加していました。エクアドルを含むラテンアメリカとカリブ海地域は、サハラ以南のアフリカと並び、コロナ禍による学校閉鎖で深刻な影響を受けた地域。2020年3月以降、平均して37週間も学校が閉鎖され、小学生の39%しか簡単な文章を読むことができないと推定されています。こうした状況を改善するための支援プログラムとしてNAPは実施されています。

とはいえ、一年一年が成長に大きな意味を持つ子どもたちにとって、失われた時間を取り戻すのは簡単ではありません。「前に勉強したことを忘れてしまっていて、今、もっとも難しい科目は算数です」とロミーナさん。

自宅でも勉強に励むロミーナさん
©UNICEF/UN0666716/Pin Mendez/AFP-Services

このような状況で大事なのは教師の働き。ロミーナさんの担任リチャード先生は「たしかに彼女は2年間学校から離れていたため、かなり基礎が抜けています。学習を積み上げていくには基礎が大事なのです」と言い、「彼女に限らず多くの生徒が、読み書きと算数に問題を抱えています。大半の生徒が、読むことはできても、読んでいる内容を理解できていなかったりします。そのため、3年間を1年間に凝縮したNAPのレベルアッププログラムでは、同じ授業で2つ以上のスキルを身に付けることができるよう、基礎的な科目を総合的に教えています。例えば、文章問題を解きながら、国語と算数の能力を身に付ける、というようにです」と説明します。

リチャード先生に習いながら算数の学習を進めるロミーナさん
©UNICEF/UN0666715/Pin Mendez/AFP-Services

学力に加えて、新しい友人をつくり協調していくなど、クラスにおける集団生活のなかで社会的スキルを養い、学習習慣ももう一度身に付けなければなりません。同年代の若者のなかにふたたび入っていくことは、ロミーナさんにとっても挑戦でした。「正直に言うと登校初日は大変でした。でも、時間が経つにつれ、自信が持てるようになりました」と言います。

「彼らの悩みに寄り添えるよう、できる限りサポートするつもりです」とリチャード先生は語ります。約一年間のレベルアッププログラムを終えたロミーナさんは数日前、高校1年生になるための試験に合格したことを知らされました。「リチャード先生から〈きみならできる〉と言われたから、がんばりました。私の夢は警察官になって人々を助けることです。これからも勉強をがんばって、夢を叶えたいです」。そう笑顔で話すロミーナさんは今、コロナ禍で一度は外れた軌道に戻り、さらにその先の未来に向かって歩き始めています。

※地図は参考のために記載したもので、国境の法的地位について何らかの立場を示すものではありません